背中
僕は君に何も求めるなと言いたいのか。言わなくても僕の考えていることを全て理解してそれを行動しろなんて言っているわけじゃない。理解はしなくてもいい。僕のわがままでよかった。何か、何にでもなる、何でもいい、一言でよかった のだ。ただ一言、恋人である君に、何かを言ってほしかっただけだった。僕がしようとしていることの肯定以外で、何かを言ってほしかった。
「誰が誰を見捨てたと? 私があなたを? ふざけたことを言いますね。何も言わないで私に望まないでください。一言でも嫌だと言えば行かせなかった! でもあなたの優先したかったことはあなた自身ではなかった!」
愛されていればそれでいいと盲目的になることができない。無条件の何もしなくともうまれる愛だけでいいと思うことができない。ヒステリックな言葉の応酬は悲鳴のようだった。横を、向いていられない。流れ出そうだった。僕は逸らして いた首を正して、彼の顔を見た。彼の表情を確認したのは、今日は初めてだった。悲痛そうに眉を顰めている。彼の顔ごしに天井を見る。これは今日で3回目だ。少し、違う光景だった。終わらない言い合い。彼との喧嘩は苦しい。笑い合ってい るほうが幸せだ。何も言わないで寄り添っているだけがいい。言い合いも、望まない他人との触れあいよりは、よっぽどいい。彼の目を見る。他の誰でもない彼なんだなとどこか呆然としながら思う。
「じゃあ、君は僕にどうしてほしかった?」
馬鹿にするような僕の口調に、一瞬彼の額に皺が寄る。それでもすぐに驚いたように目を見開いた。視界が揺れる。ぼろぼろと零れた涙が僕の頬をつたって、そのままシーツにしみこんでいった。明日にでも洗濯がしたい、と小さく思う。彼 の表情は見えなかった。僕の頬に流れる涙を彼の指が穏やかに拭う。白くて、細くて長い、綺麗な指だった。
「……あなたが無職になっても養うくらいはしてあげられますよ」
そうして、やっぱり、いつも通り、思った通り、彼は念入りに唇で僕の首を滑る。僕は綿でもなければ女の子でもないよ、と普段なら言葉にした。喉の奥がつんと痛んで何も言えなかった。後悔してないよ、の言葉も言えずに。僕はきちんと 愛されているから、と思いながら、やっぱり背中を撫でる指を思うのだ。
おわり
ありえん…って思いながら書きました。゜^▽^゜。