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この手が届いたら

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離してください、と叫ぼうとして、帝人は周囲の異変に気づいた。あれほど一通りの多い池袋の大通りなのに、周囲から人が消えている。
え、どうして?
何が起こっているのかわからず、驚くばかりの帝人の耳に、その声が聞こえてきたのはその時だった。


「帝人君に触るなよ!」


臨也の声だ。もちろん彼は幽霊だから、その声がバーテン男に聞こえることはなく、さっきから懸命に帝人を助けようと伸ばされる手が触れることもないけれど、それは紛れもなく臨也の、怒りを含んだ怒声だった。
「なんなんだよ、ふざけんな、お前はなんでいつもそうやって俺の邪魔ばっかりするんだよ!もう死んでくれよ!っていうか死ね、マジで!」
臨也の顔が怒りに歪んで、酷く冷たい輝きがその目に宿る。そんな表情の変化を見つめていたら、バーテン男がボソリと告げた。
「お前、その紙袋、臨也のものじゃねえのか」
「っ!?」
驚いた。
ここでその名前が出るとは、思わなかった。いや、臨也の態度からしてもしかして、知り合いなのかとは思っていたが。
「アレが何企んでるかなんてのは知りたくもねえが、お前みてえな普通の高校生に運び屋の真似事なんかやらせる根性が、本気で気に食わねえんだよ、俺は」
「ち・・・がいます、これは、知人のものです」
「いいから渡せ。てめえも命が惜しかったら、あんなのに関わるな」
「だ、だめです!大事なモノなので・・・っ」
必死で逃げようと、紙袋を男から遠ざけながら距離をとるが、左手を掴んでいるバーテン男の力はかなり強く、逃げんな、と力を少し込められただけで折れそうに傷んだ。
「何があったか知らねえが、あいつはお前が思ってるよりずっと物騒で悪人だ。信じるんじゃねえ」
「そういう、問題じゃ、無いんです!」
「・・・強情な野郎だな」
サングラスの奥の目が、キラリと輝いたような気がして帝人は息を飲む。ぎりりと締め付けられた左手の痛みに、思わず涙がこぼれた。
「お、おいっ!?」
それに驚いたらしいバーテン男が思わず息を飲むのと、ほぼ同時に。
「手を離せって、言ってんだよ!」
臨也がそんなことを叫んで、躍起になって帝人の左手から男の手を剥がそうとした、その瞬間。


バチッ。


「っ!」
静電気のような一瞬のスパークが、男の手に走った。とっさに剥がれたその手と、自由になった左手を帝人は一瞬で見比べ、くるりと踵を返す。
「走れ!」
臨也が自分も走りだしながら言うのに無言で頷き、紙袋を抱き抱えるようにして走りだす。そんなに足は早くないし、体力だって無いけれど、臨也の誘導するまま人ごみの中に紛れる。遠くから待て!と何度か叫ばれたような気がしたが、そんなことには構っていられなかった。ただ、黒いコートを翻す臨也のあとを、追いかけて追いかけて追いかけて。


何がどうなっているのか、全然わからない、理解出来ない。
けれども帝人の頭の中に、そう言えば折原臨也の天敵としてバーテン服の男がいたという情報が翻った。



彼の名は、平和島静雄。



作品名:この手が届いたら 作家名:夏野