この手が届いたら
「ただの高校生を、情報屋の俺が調べるなんてはずがない。・・・君は一体、何をかくしているの?心に、何を、飼っている?」
光の加減に寄って赤く見える臨也の目が、まっすぐに、ほとんど睨みつけるように帝人に向けられる。こんな表情を向けられたことは今までなかった。帝人は、見慣れない臨也の冷たさに息を飲んで、なんと答えるべきか考えあぐね、両手をぐっと握り締める。
「僕、は」
掠れた声は、それ以上なんと紡げばいいのかわからず、沈黙が降りる。
臨也のうちに潜む「悪人」の部分だ。そう思って、帝人は体が震えた。正直に、怖いと思った。ネット上を飛び交っていた様々な噂が脳裏をよぎる。
だけど、だって、臨也はいつも笑っていたのに。
笑ってくれていたのに。
視界が、ぼんやりとぼやける。こんなことで高校生男子が泣いちゃ駄目だと思うのに、普段の陽気な臨也と今目の前にいる臨也がどうしても重ならなくて、臨也に嫌われてしまったのだろうかと思うとぼろりと涙がこぼれた。あれ、おかしいなあ、幽霊に嫌われたからって、何も泣かなくてもいいのに。そんなふうに思って気を紛らわそうとしてみても、涙は止まらず、ぽろぽろと頬を滑り落ちていく。
慌てて拭おうとした帝人の手と、触れられないけれど伸ばされた臨也の手が、重なった。
「・・・ごめん」
小さな声が、静かな部屋に響く。
「・・・泣かないでよ、そんな顔・・・一番させたくないのに」
必死で瞬きをして涙を散らせば、臨也はさっきまでの冷たさを押し殺し、代わりに、酷く切なそうに眉を寄せていた。その手が、帝人の頬に伸びる。
けれども涙は臨也の手をすり抜けて、ただ頬を滑り落ちてゆくだけで。
何度も何度も触れようとして、やっぱり触れることはできなくて。臨也の口元が悔しげに歪むのを、間近で見ていた。
「臨也、さん」
「いいよ、もういい。どうせそのうち思い出すだろうし。君の口から聞かせて貰えたら嬉しいけど、でも、何しろ俺は極悪人だからね、自分の秘密をぺらぺら喋るほど信用しない方が、帝人君のためなんだ」
半分自分に言い聞かせるようにそういった臨也が、自分の指先を睨みつけ、ぐっと握りしめた。
「臨也さん、でも」
「いいんだ。そんなの、些事だよ帝人君。どうでもいいんだ。そんなことより・・・」
臨也は泣きそうな顔で、それを無理やり笑顔にしたような、歪んだ表情で手のひらを見つめる。それから帝人の頬を。帝人の瞳を、涙を。
「なんで、俺の手は君の涙を、拭えないんだろうね。そっちのほうがよっぽど、今の俺には重要なのに」
もう一度、と。
伸ばされ指先が震えていた。
帝人はその手のひらが、触れてくれればいいのにと思う。
触れてくれればいいのに、触れてくれれば。きっとお互いに楽になれるのに。
けれどもやっぱりその指先は帝人の皮膚をすり抜けるばかりで。悔しげに口元を歪めた臨也に伸ばしかけた手を、帝人もまた途中で止める。
この手は、彼を抱きしめることができない。
それが酷く、もどかしかった。