この手が届いたら
予測していなかったといえば、嘘になる。
帝人は放課後の校門前にうずまくざわめきに、肩をすくめた。校門に寄りかかって、生徒たちを鋭い目で睨みつけている金髪、サングラス、バーテン服の男。そりゃ、睨まれたほうはたまったものじゃない。帝人だって、身に覚えが無かったら早足に逃げ去るか、一瞬身をすくめて校舎にUターンするかどちらかだ。けれども残念なことに、今回に関しては身に覚えがありすぎる。
「あれ、平和島静雄じゃん。何でこんなところにいるんだぁ?」
となりで素っ頓狂な声をあげた正臣が足を止め、つられて杏里も足を止める。帝人は大きくため息をついて、そんな正臣に向き直った。
「あのさ、あの人って」
確認のように指差して問えば、
「池袋の喧嘩人形、怒らせたらヤバイ人間NO1の、平和島静雄」
平然と解説が返ってきて、ああやっぱりね、と乾いた笑いが漏れた。昨日、その手を振り払って逃げたことを、今日忘れようと思ったってできるわけが無い。
「誰か探してるっぽいなあ。あの前突っ切るの怖えー」
なんておちゃらける正臣に、うん本当に怖いよね、と心の中で全力同意した。だって絶対探してる相手って僕だし。この騒ぎの中声なんかかけられたら絶対目立つし。平穏無事な高校生活を送ってきたのになあ!
「竜ヶ峰君、あの、顔色が悪いですよ」
どうしたんでしょう、と心配する杏里に向かって、帝人はあはは、と力なく笑って見せた。杏里に問われてしまったら嘘などつけない。
「あー、うん、多分僕を探してるんだと、思うんだ」
極力あっさりと口にしてみたけれど、気分はちっとも軽くならなかった。そしてついでに。
「・・っはあああ!?」
正臣の驚きも軽くなったりはしなかった。ああもうこの馬鹿。そんな大声出したから思いっきり目があっちゃったじゃないか!威圧感が!威圧感が半端無いよ!テメエ逃げんなよって顔で見られてるよ僕!
冷や汗が伝う背筋をせめてと伸ばし、うっかり臨也が通りかかって昨日みたいに助けてくれないかと周囲を見回してみたけれど、その姿を見つけることはできなかった。神出鬼没な幽霊だし、一応一縷の希望だけは抱いておこう。
「え・・・っと、ちょっと、行ってきます。先帰ってて」
ぎこちなく正臣と杏里にそう告げて、帝人はギクシャクと静雄の前まで歩いていった。後ろから骨は拾うからな!とか聞こえてきたけどしゃれにならないのでやめて欲しい。周囲の生徒たちが遠巻きに息を飲んでいるのが手に取るようにわかる。まさかいきなり殴られることは無いだろう、とたかをくくって、帝人は大きく息を吐いた。
そう、ここはひとつ、友好的に、フレンドリーにいこう。まだ死にたくないし。
静雄の前で足を止め、帝人は顔をあげた。そして相手が何か言う前に、精一杯笑顔を作る。
「えっと、こんにちは」
まさか笑顔で挨拶をされるとは思っていなかったらしい。静雄はたっぷり三秒ほど呆けたように帝人を見下ろし、「あ。ああ?」と気の抜けたような声を返した。
しばしの沈黙。
え、何これ予想外の反応。どうすればいいの、と帝人は視線をさまよわせ、あの、と小さく問いかけた。
「もしかして、僕に用事かと思ったんですが・・・」
それに静雄は瞬きを数回繰り返し、あ、ああ、とやっぱり歯切れ悪く返す。
「いや、お前に用事であってるけどよ・・・」
それから、あー、とかうー、とか唸ってがしがしと頭を掻き、最後にとどめのように大きく息を吐いた。
「逃げられるかと思って気ぃ張ってたんだよ、ちょっと付き合え、マックシェイクぐらいなら奢ってやる」
「あ、はい」
こっちも殴られるかと思って気を張ってました、とは返さないのが良心というものだ。歩き出す静雄の後を追う帝人を見送った生徒たちが、いっせいに胸をなでおろしたのは言うまでもない。
余談だがついでに言うならば、翌日には「竜ヶ峰帝人は平和島静雄の友人らしい」なんてとんでもない噂が広まり、帝人を怒らせないようにしようぜとクラスメイトたちがささやきあったりしたとか、しないとか。
とにもかくにも緊張でぐるぐるしながら静雄の後を追う帝人の耳には届かない噂なのであった。
何だろうぐらぐらしてきたよ僕。どうしよう倒れそう。そんなことを思いつつも一生懸命歩いていた帝人だが、気分の悪さは容赦なく帝人を襲う。後ろをついてくる足音の様子がおかしいことに気づいたのか、静雄が振り返ってどうした、と問うが、答える気力も無いまま帝人はその場にへたり込んでしまった。
気持悪いかも、っていうか気持悪い。
「おい、お前顔色真っ青だぞ?」
心配そうにそういわれて、大丈夫ですと嘘がつけるほど気力が無い帝人は、耐え切れずしりもちをついた。通学路から少しそれているのが唯一の救いだが、ここで倒れたらどうなってしまうのか考えると頭が痛い。
「おい?」
躊躇いがちに帝人の頭に乗せられた大きな手のひらが、存外に優しげだったので。
あ、よかった、捨て置かれることはなさそうだ、と、そんなことに安堵して、帝人は遠慮なく意識を手放した。
「おいっ!?しっかりしろ!」
なんて、あせった声をあげる静雄を残して。