好物=甘いもの2
ほどなく竜ヶ峰宅。
「……ボロだな」
「はい、知ってます」
帝人のアパートをはじめて見る知人の反応は一様に同じ反応なので、帝人の答えも慣れたものだ。帝人の部屋の玄関にどさりと荷物を下ろす。頼りない床がミシリときしんだ。…大丈夫か、この家…。
「遅くなっちまって悪かったな、じゃあゆっくり休めよ。」
「はい、静雄さんも」
静雄は翌日仕事なのだから、なおさらだ。
「明日は休みだったよな? 何か予定あったのか?」
「えーっと、特には…。とりあえず朝一番で銭湯にでも行こうかな、というくらいですかね」
「銭湯?」
「はい、僕のうち、お風呂が無いんで」
「…あ、」
見渡せば、どこに奥行きがあるのかというくらいのワンルーム。あまつさえ昭和の香りを感じさせるこのボロ具合。風呂が無くても肯ける。
そういえば、待ち合わせたときに帝人は汗だくではなかっただろうか。今は夜で、昼間に比べて涼やかになったものの未だ生ぬるさを感じる気候だ。
「ああ、悪い! ウチにいたときに風呂貸してやればよかったな。…べたべたして気持ち悪いだろ」
「いえっそこまでお世話になるわけにはっ! クーラー使わせていただいただけで十分です。ホントありがとうございました。僕の家はもっとずっと蒸し暑いですからっ」
正真正銘の本音だ。たしかに今も少々べたついていて気持ちが悪いが、ガマンできないほどではない。銭湯に行きたくても普通にもう閉まっているので、明日入ればいいだろう。
「よし、じゃあ今度は、泊まっていけよ」
「はい?」
良いことを思いついた、というように静雄が笑う。
「また今日みたいに飯とか食いたいし、食ってそのままウチで風呂も入ればいいだろ? …まあ、今は布団が一人分しかないんだけど、お前がたまに来てくれるなら用意する」
「ええ? で、でもそんなっご迷惑になってしまいますよ」
「迷惑じゃねえ」
次の『約束』だ。
静雄が抱えてた小さな寂しさの最後のカケラがすっと解けてなくなった。
「遠慮すんな、『友達』なんだからよ」
初めて会って「友人」。二度目に会って「友達」。
じゃあ、三度目は…?
【END】