LLGA & BBIM
Love Love Get Away
「あ」
僕は目を上げてそこに彼を見つけた。
雑踏に頭一つ抜けた長身と、半径1メートルの空白。
斜め前にドレッドヘアの上司を置いて、平和島静雄が東口ロータリーを歩いている。
僕は証券会社の前に突っ立ったまま、彼らが西武口から歩いてくるのを眺める。
信号を待ち、会話もなく横断歩道を渡る。
平和島静雄は僕の鼻先をかすめてビルとビルの合間に消えた。
煙草の匂いがした。
(今日はいい日だった)
折原臨也と局地的な戦争を繰り広げているところ以外の平和島静雄が見られた。それも2分28秒も。今週はこれで11分7秒。好成績。
僕はぼんやりと中古CD屋で古い洋楽のアルバムを眺めながら考える。
知らないバンド。多分外れ。でも買う。
レジで500円払って、公園へ足を向ける。通学鞄の中には限りなくアナログに近いデジタル、旧時代の申し子、ポータブルCDプレーヤーが放り込まれている。
(晩ご飯、何食べよう)
ご飯はあるけど野菜はない。当然、肉もない。ベーコンぐらいあったかも。でも卵もない。スーパーで総菜買って帰ろう、と決めた。
公園の傍の十字路でバーテン服を見かけた。思わず振り返るが、ただの客引き。髪の色も違うのに反応する僕はバカかアホ。両方かもしれない。
平和島静雄の(プチ)ストーカーになって随分経つ。でもあくまでプチ。僕は彼に話しかけないし、彼は当然僕に話しかけない。彼の触ったものを収集したりもしないし、後をつけたりもしない。でも街で彼に会う度、僕は目をそらさずに視界から消えるまでその姿を追う。腕時計を見て、ケータイに数字を記録する。日曜の夜、僕はその数字をまたケータイで足し算して悦に入る。秒数が増えれば増えるほど次の一週間がいいものになりそうな気がする。面倒な「大掃除」もうまくいきそうな気がするし、僕の信じるところのものがより一層正しく輝く気がする。僕はケータイの画面を見てにやにやする。なんて気持ち悪いんだ。
彼にとって僕は多分、良くてセルティさんの知り合いか、ダラーズを抜ける時に話しかけた高校生、もしかしたら覚えてもいないかもしれない。でもそれは別にいいのだ。
僕は彼を見ることができる、彼が僕を知らなくても。彼を見た秒数をカウントすることもできるし、視界に彼が入ればコンマ数秒で気付くこともできる。だから彼の無関心は僕に意味をなさない。
僕は平和島静雄を愛しているが、彼は僕を知らない。
多分それが正しい存在の仕方なのだと思う。
僕は彼に認知される価値を持たない。
そんな価値はない、僕のどこにも。
公園のベンチは湿っていた。顔をしかめるが、大して気にせずにあっさり座る。どうせ制服だし。
買ったばかりのCDを放り込んでイヤホンを耳に突っ込む。トラック1。
ふと目をそらすと今度は本物の平和島静雄が見えた。
───いい日だった、今日は。
今この時まで。
平和島静雄の横には女のひとがいた。金髪、長身、ものすごい美人。
その女性は彼の横に立ち彼を見上げ彼に笑う。彼も笑う。笑顔。
僕はその笑顔を見たことがない。
(当たり前だよ、だってそんな近くに行ったことないもん)
でも今見た。
見なきゃ良かった。
彼はとても幸せそうに笑っている。僕に映像記憶ができたらいいのに。でもそしたら僕は明日辺り目にボールペンでも刺すかもしれない。
女性が彼の腕をひく。彼が長身をかがめる。笑う。
僕はトラック2を再生する。
彼が犬の子でも撫でるように女性の頭をかき回す。
トラック3。
女性が抗議するのに、口を開けて笑う。
トラック4。
僕はボタンを押し続ける。
カチ、カチ、カチ、とボタンを押す音だけが僕の骨に響く。いつまでも響く。
幸い彼らは僕がトラック12を再生する前に公園を離れた。
僕はようやくCDをちゃんと聞き始めることができた。
(やっぱり外れ)
停止ボタンを押し、ディスクを取り出し、端と端をつまんで、力任せに折る。
ばきんと音を立てて買ったばかりのCDは二つに割れた。
一つを取り上げ、半月型の端と端をつまんで、折る。もう一方も。四分の一を八分の一に。
八分の一を十六分の一にするには僕の力は大分足りないようだった。
膝の上に光の欠片を散らかしたまま、僕はCDプレーヤーに水滴が落ちるのを見つめた。
ぽつぽつとしたまだら模様がいつのまにか海になる。
洪水に溺れるデジタルの中のアナログ。
袖で顔を拭って、僕は丁寧にCDの欠片を拾い集める。それをプレーヤーの中に入れ、立ち上がる。
公園の出口で僕はプレーヤーごとゴミ箱に捨てた。
開いた蓋から光が溢れて異臭のするゴミ箱へ消えた。
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鬱でヤンデレ気味の帝人。
やっぱりハッピーエンドがいい! 静帝じゃないとやだ! という方は次のページへどうぞ。ていうか私ですが。
※若干閲覧注意(エロい意味でなく)
作品名:LLGA & BBIM 作家名:たかむらかずとし