LLGA & BBIM
ピンポン。
便器に頭を突っ込んでいるとどこかでそんな音がした。気がした。
僕は口を拭ってふらふらと立ち上がる。
トイレ掃除マメにしててよかった。こんな時でも快適。
トイレを出ると確かにチャイムが鳴っている。
台所でコップに水を一杯汲み、トイレに戻って、口を濯いで、ついでにもうひと頑張りして顔を上げても、まだその音は響いていた。
仕方がないので三和土に降りる。チェーンをかけたまま戸を開ける。
隙間からきんいろが覗いていた。
「…よお」
戸を閉めようとする前に彼の手が隙間に突っ込まれる。僕はいっそその手を千切りたい。
何も言わないでいると高い位置から声が降る。こんな近くで聞いたことなんてないような声。
「竜ヶ峰、」
僕は愕然として顔を上げてしまった。そんなばかな。
「僕の名前知ってるんですか」
すると彼は目を見開いて口をへの字に曲げた。これもはじめて。もうどうでもいいけど。
彼は言う。
「当たり前だろ」
何が当たり前なんだ。僕は思わず毒づきそうになり、目をそらす。
「竜ヶ峰、あのな、」
彼が何か言いかける。言いかけて言いよどんで言いかけてまた言いよどみ、頭をかく。戸を押さえていた手で。僕はすかさず戸を閉じる。遮断と安堵。
『おい!』
向こうから声が聞こえるが知らない。もう知らない。
僕は部屋に戻り、続きを始める。
知らない、もう、何もかも。
僕はもう何もかもどうでもいい。
ロールケーキ。
スフレ。
ショートケーキ。
チョコレートケーキ。
ホイップクリームのプディング。
シュークリーム。
エクレア。
ティラミス。
オペラ。
コンポートのケーキ。
アイスクリームケーキ。
チーズケーキ。
栗のテリーヌ。
フランボアーズマカロン。
ダックワーズ。
モンブラン。
ホイップの乗ったコーヒーゼリー。
シフォンケーキ。
ワッフル。
パフェ。
口に押し込み、咀嚼し、飲み下す。
苦しい。苦しくて涙が出る。でも食べる。
フォークで切って、突き刺し、口に運ぶ。
苦しい。意味もなく苦しい。苦しいのが口の中なのか腹なのか胸なのか僕にはもう分からない。分からなくするために食べてるのかも。とにかく僕はテーブル一杯のデザートを食べ続ける、淡々と、粛々と。
粛々と、僕は僕の心の一部を食べるようにデザートを食べる。
(そうできたらいいのに)
食べ続ける。
次に伸ばした僕の手を大きな手が覆った。
煙草の匂い。
「その辺にしとけ」
「お腹空いて死にそうなんで止めないで下さい」
僕はフォークを置いて右手を伸ばす。
その手も誰かの手が覆った。
僕は両手を取られて首を伸ばす。
伸ばした舌がエクレアに触れる寸前で別のものに絡めとられた。
生暖かい。
目を落とすとテーブルの上に黒い影が落ちている。まるで一つみたいになった影が二つ。散らかしたプラスチックのケースにぼんやりと映る影。テーブルに半ば伏せた僕と身を乗り出した彼。
顔を上げるとそのまま息が食われた。
長く。
長く、食われる。
水滴が落ちた。
それはやがて雨のように滴り、僕の頬と、彼の腕と、それからプラスチックの山を濡らして、乾いた。
残り半分のデザートは彼の腹の中に消えた。
僕が3時間かかった道のりを彼はたった30分であっさり踏破し、その上一度も吐かなかった。
彼は僕に自分を静雄と呼ぶと約束させ、自分は僕を帝人と呼ぶと言った。言ったというより宣言した。それからお前はほんと馬鹿だなと僕を罵倒し、僕を抱えたまま最後のティラミスを一口で食べた。
僕は彼の膝の上に腹合わせに抱えられ、そのシャツを延々と湿らせ続けた。
彼は湿ったシャツを着たまま寝るはめになり、僕は自分の涙で湿ったシャツに顔をくっつけて眠ることになったが、これは自業自得というものだろうと思う。生乾きの洗濯物の臭いと煙草の匂いの中で僕は眠りについた。多分全部夢だろうと思いながら。なんて浅ましい、愚かな僕。目なんか覚めなきゃいいのに、と呟くと大きな溜め息が僕のつむじに触れて、溶けた。
目を覚ましても彼はまだそこにおり、僕は思わずケータイを見つめてカウントを始め、目覚めた彼に思いっきり頬をつねられた。
ばか、と言って彼はまたキスをした。
平和島静雄と僕はどうしてか、朝日の中でキスをした。
唇が離れて2秒後に、掠れた声でほんとにばかだな彼は言い、僕はまた、ぽろりと泣いた。
(end)
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静雄は多分ヴァローナに焚き付けられて来たんだと思います。
推察するにこの話の裏側では杏里ちゃん・狩沢さん・ヴァローナの三人が腐女子タッグでも組んでるんじゃないでしょうか。茜ちゃんはぜひ逃げてくれ。
きっと彼女たちがきゃっきゃうふふしてる横で時々静雄はそれを聞いてて、あいつ竜ヶ峰っていうのかーとか結構かわいいなーとか思ってたんだよ。
SSの雰囲気ぶちこわし(笑)
作品名:LLGA & BBIM 作家名:たかむらかずとし