春の目覚め ・1
ぼろぼろな外見とは裏腹な強気な言葉にプロイセンは、いつもの人を食ったような笑みを浮かべる。
それから、軽く敬礼の姿勢を取ると、そのまま一気に加速を付けて車を走らせた。
驚いたような顔をし、それから慌てて敬礼を仕返す男――ザクセンの姿のがバックミラーで見えた。
無茶苦茶な運転でスピードを出しまくったおかげか、ベルリンにはその日の昼過ぎには到着した。
さすがに市内に入ってから飛ばすのは控えて、通常運転に戻す。作戦本部の置かれていたはずの場所を探しながら、プロイセンは警戒を強めていた。
ベルリン内外でゲリラ戦を展開していたレジスタンスの動きが見られない。あからさまにドイツ軍人と分かる服装のプロイセンを見れば攻撃してきそうなものなのだが。
「連合がすでに入ったか…?」
そう呟いた時、いきなりフロントガラスが砕け散った。急ブレーキを踏み、瞬間的に身を屈め車から転がり出る。
僅かの差で、車体に銃弾が連続で撃ち込まれた。
「Hey! 手を挙げるんだぞ」
「……アメリカの坊やかよ」
隙無く状況を見定めながら、呟く。
坊や呼ばわりされたことが癇に障ったようで、アメリカが眉を寄せ睨んできた。
「降伏を勧めるよ」
「悪いな、今はお前らと遊んでる暇は無ねぇんだよ!」
言い様、プロイセンは腰に吊したホルスターから拳銃を引き抜くと、そのままアメリカに向けて引き金を引く。アメリカの動きが鈍った一瞬を狙って、思いっ切り右方向へと飛んだ。そのまま、かつて壁だった残骸の陰に身を隠す。そのすぐ側をアメリカの撃った弾が掠めて行った。
「おい! 何の音だ!? って、お前らこんなところで銃撃戦をするな!」
いきなり割って入ってきたのはイギリスだった。
「危ないだろ、イギリス!」
「何の真似だ、てめぇ」
「アメリカぁ。お前は何でもかんでも力業で進めようとするな。プロイセン、今は動くなよ。動けばその頭撃ち抜くからな。お前の背後にフランスがいるぜ。分かってんだろ?」
手にした拳銃をちらつかせ、イギリスは言う。
アメリカとプロイセンの抗議を聞き流し、あっさりとその場を掌握してしまったイギリスに、プロイセンは小さく舌打ちした。
「そうだ。そのまま大人しくしてな。アメリカ、こっちに来い」
「俺に命令しないでくれないか」
「うるせぇよ。今は従え」
プロイセンに銃口を向けたまま、イギリスはアメリカを自分の背後まで下がらせてしまう。
「プロイセン、ドイツはどうした? 今はドイツに用がある」
「なんでヴェストの居場所をお前に教えなきゃなんねぇんだ?」
「先の爆撃で、もう、お前らの敗戦は確実だ。これ以上戦いを長引かせても意味が無いぜ。さっさと終わらせる為に降伏を勧めに来てやったんだ、おとなしくドイツを出せ」
「だから、教えねぇって言ってんだろう!」
「うわ、ちょっと…!?」
言いながら、プロイセンはイギリスに向けて連続で引き金を引き、そして身軽な動きで身を翻したかと思うと、背後にいたフランスを盾にして後退した。銃口はフランスの頭部に突き付けている。
「坊ちゃん、ごめん。お兄さん捕まっちゃった…」
「フランスー。何やってるんだい」
「ったく…。どこまでも救えねぇ戦闘バカだな」
思いっきり呆れ口調でアメリカが嘆き、イギリスはプロイセンの態度に落胆の色を見せた。
「お前は、もう少し、戦況を見極める目を持ってる思ってたんだがな。引き際を知ってる奴だと。俺の買い被りか」
プロイセンはフランスを盾にしたまま、イギリスとアメリカとの距離をじりじりと離していく。
こんなところで時間を食っている暇はないというのに。
焦りと苛立ちがプロイセンを蝕む。
「ヴェストは渡さねぇよ」
「渡せとは言ってない。出せと言っているんだ。降伏の交渉に入ってやるって言ってるんだよ」
「そいつは、今は無理だな…。うちの上司でも探してくれ」
「上司では話にならないから、俺達が直接出てきてやってんだろうが。分かれよ、馬鹿」
「あ…? そういや、お前ら、軍は連れて来てねぇのかよ?」
「今は、俺ら国だけで勝手に動いてるんだよ」
「また妙な真似を」
「本当に、イギリスは甘いよね。どうせ、降伏なんかしないだろ彼らは。それなら、もう刃向かえないように徹底的に叩くべきだと俺は思うのにさ」
じれったいよ、とぼやくアメリカにイギリスが「うるせぇな。お前はちょっと黙ってろ」と睨みを利かせた。
「…なんだい? 睨む相手を間違えてるよ?」
「もう、バカみたいに国が生まれて死んでいく時代は終わってんだよ」
「随分とお優しいじゃねぇか、元・大英帝国様?」
イギリスの言葉を遮るように、プロイセンが皮肉たっぷりの笑みを浮かべてそう呟く。
「てめぇ、この俺がせっかく最後のチャンスを…」
「頼んだ覚えはねぇな」
「プロイセン。今は、軍を抜きにして俺達だけで動いてるのは本当だ。お兄さんもね、お前らを滅ぼそうとまでは思ってないよ。せっかくここまで生き残った国同士だし? 色々恨みはあるけどね、消滅を望むほど憎んじゃないかな」
「嘘つけ。俺様の解体と消滅を狙い続けていたやつが何を言いやがる」
「あぁ。そんな時もあったねぇ。あんまりにもお前がお兄さんの邪魔ばっかりしてくれるから」
「今もだろうがよ」
「そんなこと無いってば。お兄さんは愛の国よ? 本気で消滅を望むまで憎むなんてあるわけ無いじゃない」
そう言い、いきなりフランスの手がプロイセンの持つ拳銃の銃身を掴む。
「うおっ!? 危ねぇだろ、お前!」
「ほら、やっぱり。お前も撃つ気ないじゃない」
「離せって。マジで危ねぇ」
そのまま、フランスと銃を巡って揉み合ってると、プロイセンの後頭部にアメリカが銃口を突き付けてきた。
「隙有り、だね。チェックメイトだ」
「………」
「あーららー。プロイセン、ごめんね」
なんでお前が謝ってんだよ、とプロイセンはフランスに向かってぼやいた。