鴇也アフター【10月19日完結】
九十九山は俺達が来てから、二度目の夏を迎えていた。
ジワジワと五月蝿い蝉。突き刺さる日射し。
世にはそれが嫌で嫌でしょうがない!と言う人も山ほどいるんだろうけども、俺達は全然嫌ではなかった。むしろ、わくわくしているくらい。
今年の春に、兄さんはめでたく榛原大学へと進学した。
大喜びする俺に反して、兄さんはどうってことねえわこれくらい!と笑って周囲からの厳しい視線を浴びていたけれど(掲示板の前でそんなことするなよ…)、その手が密かに、喜びに震えていたのを見過ごすほど俺は鈍くない。恥ずかしがるだろうから、一生言わないであげるつもりだけどね。
大学へ進学した兄さんは中々に順風満帆な日を過ごしているそうだ。かーなーり、もてているらしいってのは兄さんの口から聞いた…あっそう。なんて返したけど、正直気が気でない。
俺はと言うと、兄さんの指導のもと、兄さんと同じ大学を目指している。
兄さんが仁くんが落ちたら俺退学するから!なんて本気で言うもんだから、プレッシャーは倍だ……まあ、嬉しい、んだけどさ。
それと俺は、西川と友達になった。
俺は高校生最後の夏。兄さんは大学生最初の夏。……俺達が恋人になって、初めての夏。
わくわくしない方がおかしいだろ!?
……なんて心踊らせていた俺に、晴天の霹靂。核弾頭。俺に取って最悪の爆弾。わくわくを一気にぶち壊したそれ。
無慈悲な爆弾、それを落としたのは、……兄さんだった。何の皮肉か、何の因果か!
「なー仁くん」
「何、兄さん」
俺はオレンジページを捲る手を止めて顔を上げた。ソファに気だるく座っていた兄さんが、ここ、と自分の膝を叩く。俺は脊髄反射のように、テーブルの椅子から腰を上げた。
「よし」
大人しく兄さんの膝へ腰かけると、兄さんが満足げに頷いた。
何度座らされても、気恥ずかしさは一向に薄れることはない。仁くんはいい子だなァ、とにやつく兄の声を塞ぎたい衝動に駆られる。
「なァ、仁くん」
「……なに」
膝に腰かけたまま首だけ振り返ると、ばちっと視線が合ってどきりとした。
「仁くん」
「……だから、なに」
会話する度に、吐息が吹きかかって心臓が痛い。俺の脈拍はもう破裂しそうなくらい早いのに、背中に触れる兄さんの脈拍が、ひどく穏やかなのが腹が立つ。
どうにか平常心を装って、兄の言葉を待つ俺。兄さんはゆっくり瞬きした。唇を湿らせた舌の赤さが目に、焼き付く。……そして兄さんは、
「里帰りしよう」
「……は?」
「良くね?なんかさ、カップルっぽくて。両親にご挨拶ーみたいなさ」
「…………」
「仁くん?」
「……は」
「あ?」
「はああああああああああああ!!!!??????なっ、何言ってんだあんたは!!!??????」
爆弾を落とすにもほどがあらあああ!!!爆弾も爆弾。もう核弾頭レベル。テポドンもびっくり!!!!!
「仁くーん、落ち着こうかー」
「これが落ち着いていらいでか!!あんたは何言ってんだ、……ほんと…………」
「仁介」
兄さんが後ろから、俺を抱き締めた。嗅ぎ慣れた兄の匂いが鼻孔をくすぐる。兄さんは俺の肩口に顔を埋めて、宥めるように言った。
「俺の両親にじゃねえよ。お前のお袋さんと親父さんにさ、挨拶したいんだわ。仁くん生んでくれてありがとうってさ」
「……兄さん」
「俺めっちゃ感謝してんだ。幸せなんだ。お礼、したいんだ。……なあ、いいだろ?」
そう言って顔を上げた兄さんの瞳には、縋るような色があった。……ずるい。ずるいよ。そんな目をされて、断れる訳がない。
「いつ?」
「仁くんが夏休み入ったら、すぐ。日帰りで、墓参りだけ」
「…わかった」
「……いいのか?」
うん……。俺は兄さんへ頷きながら、内心複雑な思いだった。
兄さんの気持ちは、すごく嬉しい。それに俺だって、母さんと父さんの墓参りはしたい。
けど。
…怖かった。あの村が、怖い。怖くてたまらない。
彼処は俺の、棄てたいもので一杯だった。できるなら箱をして、もう見たくない痛い傷痕。
黙り込んだ俺の背中を、兄さんがそろりと撫でた。反射的にびくりとした俺を、兄さんがにやっと見上げる。
俺は複雑な思いを抱えたまま、兄さんと長い夜を過ごした。
ジワジワと五月蝿い蝉。突き刺さる日射し。
世にはそれが嫌で嫌でしょうがない!と言う人も山ほどいるんだろうけども、俺達は全然嫌ではなかった。むしろ、わくわくしているくらい。
今年の春に、兄さんはめでたく榛原大学へと進学した。
大喜びする俺に反して、兄さんはどうってことねえわこれくらい!と笑って周囲からの厳しい視線を浴びていたけれど(掲示板の前でそんなことするなよ…)、その手が密かに、喜びに震えていたのを見過ごすほど俺は鈍くない。恥ずかしがるだろうから、一生言わないであげるつもりだけどね。
大学へ進学した兄さんは中々に順風満帆な日を過ごしているそうだ。かーなーり、もてているらしいってのは兄さんの口から聞いた…あっそう。なんて返したけど、正直気が気でない。
俺はと言うと、兄さんの指導のもと、兄さんと同じ大学を目指している。
兄さんが仁くんが落ちたら俺退学するから!なんて本気で言うもんだから、プレッシャーは倍だ……まあ、嬉しい、んだけどさ。
それと俺は、西川と友達になった。
俺は高校生最後の夏。兄さんは大学生最初の夏。……俺達が恋人になって、初めての夏。
わくわくしない方がおかしいだろ!?
……なんて心踊らせていた俺に、晴天の霹靂。核弾頭。俺に取って最悪の爆弾。わくわくを一気にぶち壊したそれ。
無慈悲な爆弾、それを落としたのは、……兄さんだった。何の皮肉か、何の因果か!
「なー仁くん」
「何、兄さん」
俺はオレンジページを捲る手を止めて顔を上げた。ソファに気だるく座っていた兄さんが、ここ、と自分の膝を叩く。俺は脊髄反射のように、テーブルの椅子から腰を上げた。
「よし」
大人しく兄さんの膝へ腰かけると、兄さんが満足げに頷いた。
何度座らされても、気恥ずかしさは一向に薄れることはない。仁くんはいい子だなァ、とにやつく兄の声を塞ぎたい衝動に駆られる。
「なァ、仁くん」
「……なに」
膝に腰かけたまま首だけ振り返ると、ばちっと視線が合ってどきりとした。
「仁くん」
「……だから、なに」
会話する度に、吐息が吹きかかって心臓が痛い。俺の脈拍はもう破裂しそうなくらい早いのに、背中に触れる兄さんの脈拍が、ひどく穏やかなのが腹が立つ。
どうにか平常心を装って、兄の言葉を待つ俺。兄さんはゆっくり瞬きした。唇を湿らせた舌の赤さが目に、焼き付く。……そして兄さんは、
「里帰りしよう」
「……は?」
「良くね?なんかさ、カップルっぽくて。両親にご挨拶ーみたいなさ」
「…………」
「仁くん?」
「……は」
「あ?」
「はああああああああああああ!!!!??????なっ、何言ってんだあんたは!!!??????」
爆弾を落とすにもほどがあらあああ!!!爆弾も爆弾。もう核弾頭レベル。テポドンもびっくり!!!!!
「仁くーん、落ち着こうかー」
「これが落ち着いていらいでか!!あんたは何言ってんだ、……ほんと…………」
「仁介」
兄さんが後ろから、俺を抱き締めた。嗅ぎ慣れた兄の匂いが鼻孔をくすぐる。兄さんは俺の肩口に顔を埋めて、宥めるように言った。
「俺の両親にじゃねえよ。お前のお袋さんと親父さんにさ、挨拶したいんだわ。仁くん生んでくれてありがとうってさ」
「……兄さん」
「俺めっちゃ感謝してんだ。幸せなんだ。お礼、したいんだ。……なあ、いいだろ?」
そう言って顔を上げた兄さんの瞳には、縋るような色があった。……ずるい。ずるいよ。そんな目をされて、断れる訳がない。
「いつ?」
「仁くんが夏休み入ったら、すぐ。日帰りで、墓参りだけ」
「…わかった」
「……いいのか?」
うん……。俺は兄さんへ頷きながら、内心複雑な思いだった。
兄さんの気持ちは、すごく嬉しい。それに俺だって、母さんと父さんの墓参りはしたい。
けど。
…怖かった。あの村が、怖い。怖くてたまらない。
彼処は俺の、棄てたいもので一杯だった。できるなら箱をして、もう見たくない痛い傷痕。
黙り込んだ俺の背中を、兄さんがそろりと撫でた。反射的にびくりとした俺を、兄さんがにやっと見上げる。
俺は複雑な思いを抱えたまま、兄さんと長い夜を過ごした。
作品名:鴇也アフター【10月19日完結】 作家名:みざき