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鴇也アフター【10月19日完結】

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7月21日。

携帯のディスプレイに表示されている文字を見て、俺は密かに息を吐いた。
なんで密かにって、ほら。
俺は横目に隣を見た。途端にばちこーん、と視線が合う。


「あ?どうした仁くん。やっぱ欲しくなったのか?兄さんの食べさせてほしいのか?
さっきの、やっぱ後悔してんだな……ほら、食えよ俺の。好きだろ、仁くん?いつもうまそーに食って…」
「やめろ!卑猥な言い方はやめろ!そしてその卑猥な笑みもやめろ!
ちっ違うんです車内のみなさあああん!!!!」
「仁くん。落ち着こうか」

アイスのスプーンを俺の口に突っ込んで、兄さんはのほほんと笑った。


このやろう…。

ふわりと、バニラの甘さが口の中でとろける。
車内販売のアイスには昔ながらの木のスプーンが付いていた。プラスチックじゃなくて、木。

……こう言うのって尚更なあ…と、俺がちょっと、むらっと来たのはここだけの秘密である。
煩悩やら何やらを押し込めて、俺は兄さんにスプーンを手渡した……と、


「……おい」
「…ん、何だい仁くん」
「やめろ、やめてください……」

俺は頭を抱えた。赤面し顔ごと目を逸らした俺に見せ付けるように、兄さんはスプーンを舐めて、…吸った。ああああもうこの人はああああ!!!!


「仁くん、連れション行こうか」
「勘弁してください…」


色んなイミで。




***



7月21日、夏休み、最初の日。
俺達を乗せた列車は、俺達を生んだ町へ向けて走っていた。

町が近付くにつれてテンションが跳ね上がる兄さんと駄々下がりする俺。
嬉しそうな兄さんを見るのに苦痛すら覚えたが、俺は努めてその感情を隠した。

嬉しい。嬉しいんだ俺だって。兄さんの気持ちは今すぐ抱き締めたいくらいに嬉しく、いとしい。…のに、俺はこんなにも、帰りたくないと思っている。


俺が嫌がっていることに気付いたら、兄さんは自分の希望をねじ曲げて押し込んで、帰ろうとするだろう。
それは絶対にあってはならないことだ。この一日何としても、明るく振る舞わねばならない。
……と思うのに、急降下する気分は止められない。

幸いなことに兄さんの興味は、今窓の外へと向いていた。俺は瞼を伏せた。

今は、眠ろう。何もかも忘れて……



***



夢を見た。それも、夢だってわかる夢。
何でって、俺は17歳なのに兄さんはあの頃の兄さんだったから。


『じんくん』


兄さんが俺に、手を差し出した。陰りなどない心からの笑顔は、今と全く変わってやいなかった。……が、

『じんくん、いこう!』


兄さんは躊躇する俺の手と無理矢理指を絡めると、俺を引っ張って走り出した。
その力は子供とは思えないぐらい強い。俺は兄さんに引き摺られ森の中を駆けた。


ジワジワと蝉が鳴く。ざわざわと木が揺れる。遥か後ろから七里の声が聞こえる。


「……兄さん、やめて」
兄さんは振り返らない。

「駄目。そっちは駄目だ。そっちは……」
俺は精一杯手を振りほどこうとした。が、むしろほどこうとすればほどこうするほど、拘束はきつくなる。

「……やめて。やめて、お願いだから、そっちにいかないで、駄目、駄目…」


そっちには、あれがある。あれが、待っている。あれが、兄さんを、兄さんの腕を――……




俺を掴むこの左腕を、





「仁くん?」
「駄目」
「起きないとちゅーしちゃうぞ」
「駄目」
「仁くーん?…ん、イタダキマス」
「お兄ちゃんそんなことしちゃらめええええ!!!!!」
「ふがっ!!??」
「あだっ!!??」



目を覚ますと、天井があった。木で出来た、良く言えば年期の入った、…悪く言えばぼろい天井。

鈍痛にひりひりする額を押さえて周りを見渡すと、ごろごろと悶絶する兄さんが居た。
目が合うと涙目に吠える。

「何すんだよぉ!兄さんは仁くんをこんな石頭に育てたつもりはありません!!!」


…どうやら俺が夢から飛び起きた時に、ちょうど俺の顔を覗き込んでいた兄さんと額がトラフィックアクシデントを起こしたようだ。


「損害賠償として、でこちゅーを要求します」
「何を言ってんですかあなたは…被害者は俺です」
「違います!!俺です!!だっておでこ痛いもん!!仁くんが舐めてくれないとおでこ割れちゃう!!!!」
「だったらそんな額割れてしまえ!!!!!!」


……なんて言いながらもやってしまうあたり、俺も、なあ…。


「ん、おはようのちゅー」
お返しとばかりに、兄さんが俺の唇に触れるだけのキスを落とした。
それきり離れていく唇を密かに名残惜しく思いながら、俺は口を開く。


「ここは?」
「駅のホーム。着いても仁くん寝てたから、俺がお姫様抱っこで下ろさせていただきました」
「ああああああああんたはまたいらんことををををを」


してやったり、と笑う兄さんはやっぱりかっこいい…じゃない。起きてなかったのがもったいな…じゃ な い !!


「今度、そう言うプレイしてみようか。姫と従者。もえるだろ?」
「どっちのもえかは訊かないであげるから兄さんもうやめてええええ」

そう言ってにやっと笑った兄さんは、従者と言うよりも魔王だった…


「うなされてたみたいだが、大丈夫か?」
「大丈夫だ。問題ない」
「一番良いのを頼む」
「弟の敵をトルノデス……じゃ・ない!!!」


ごろごろ悶絶する俺を兄さんは笑って、じゃ、行くか、と腰を上げた。
自分の荷物と俺の荷物を、当然のように持っている。俺も慌てて立ち上がった。


「兄さん、自分で持つから!」
「いいのいいの。それともなんか要るものでも……えっ。女の子の日なの?」
「ちゃうわあああああ」
「安全日か」
「セクハラも大概にしてください…」


兄さんの将来が心配です。と頭を抱えた俺を、※ただしイケメンに限るの権化である兄さんはまた呵々と笑った。


「ま、サクッと行ってサクッと帰ろうぜ。……まじで大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃなけりゃまたお姫様抱っこしてやるぜ?」
「是非お願いしま……じゃ・ない!!!」


俺は深い溜め息を吐くと、兄さんより一足先に無人改札へと向かった……