鴇也アフター【10月19日完結】
「……良かったのか、本当に?別にこのまま帰っても……」
「いいんだってば、もう。心配しすぎ」
そう言って笑うと、兄さんが複雑な表情を浮かべた。躊躇いとか困惑とか、…そんな感じ。
俺達は森の中を、草を踏み荒らして歩いていた。目指すのはもちろん、あの木だ。
あれが起こる前はあの木の下でよく遊んだものだったなあ、なんて懐かしい気持ちすら沸き上がってくるあたり、俺も成長したんだろうか。
鷹志さんのことを、兄さんは俺の罪だと言った。もちろん兄さんがやろうと思ってやったわけじゃない。偶然の巡り合わせでああなってしまったわけだけど、兄さんのせいでああなってしまったのは事実だ――……どうしようもない。鷹志さんは鷹志さんに取って大切な何かを見つけられるまで、きっとあのままなんだろう。
「仁介」
「なに、兄さん」
「……お前、俺の左腕のこと、どう思ってる?」
「んー……」
俺がその問いに答える前に、俺達の眼前に森を掻き分けるように、あの木が現れた。
夏の太陽を浴びてきらきらと輝く緑の葉。ざわざわと風に揺れる音。俺はどうしてあんなにも、この木が恐ろしかったのだろうとすら思った。
そっと木肌に触れてみる。ぼこぼこした木肌も太陽を浴びて温かく、そして土の匂いがした。
「大好きだよ」
「……へ?」
「さっきの答え」
俺は兄さんの方を見ず、変わりに木を見上げた。生きている。俺も、兄さんも、木も、こうして、生きているんだ。
「兄さん、誓ってくれる?病める時も健やかなる時も辛い時も痛い時も苦しい時も悲しい時もいつもいつも――……俺を、あいせる?」
「…………はあ?」
何言ってんだ、と兄さんが苛立たしげに眉を寄せた。
「お前は、本当に、」
はああー。深い溜め息。兄さんに拒絶された時のことを思い出して胸が痛んだ。次いで、鷹志さんに引っ掛けられた時のことも思い出す。俺は目を伏せた。
兄さんがまた溜め息を吐くのが聞こえる。はあ。……兄さんの指が、顎に触れた。
「……ん。こんなに愛してるのに、何でわかんねぇかな、もう。」
ぽかん、とする俺にもう一度口づけて、兄さんが笑った。
「狸面して、かァわいい。」
「ああ……」
ああ、この人に聞くだけ無駄だった!ああ……もう!
しかし俺は悪態を吐くかわりに、兄さんに抱き着いた。兄さんも呵々と笑って、俺を抱き締め返してくれる。
「じゃ、サクッと帰ろうか。俺もう仁くん不足でもう辛いです」
「何を言ってるんですか貴方は……雰囲気ぶち壊しじゃないですか」
「いいじゃん!!!!!それともここでしてくれるの!!!!!!」
「黙れ色魔!!!!!!!!!」
俺は深く溜め息を吐いた。何にってそら兄さんと、そんな兄さんを好きな自分と、…そんな自分が嫌いじゃない自分に向けて。
この人と暮らして行くのは、苦労が堪えないなあと今更思う。それも、こうなった以上……事実婚した以上、尚更。それでもそれを、わくわくした気持ちで受け入れている自分がいた。あーもう俺も、馬鹿だなあもう。
…ふと、掌に温かいものが触れた。木から目を逸らして手を見下ろすと、兄さんの指が、俺の指に絡んでいた。
目が合うと、兄さんは心配すんなと笑う。俺は呆れた、しかし清々しい笑いで返した。
――……兄さんが木を穏やかな目で見詰めて、俺の手を引いた。
作品名:鴇也アフター【10月19日完結】 作家名:みざき