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鴇也アフター【10月19日完結】

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あまつさえ、鷹志さんを侮りなんてしたら――……

油断した。先ほどの穏やかな笑みは、俺を油断させるための狡猾な演技でしかなかったのだと今更気付かされる。身を強張らせた俺を、鷹志さんがきつく抱き締めた。

「どうしたの?落ちたの怖かった?俺は大丈夫だよ…足元に、割れた瓶なんて落ちてなかったしねははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!!!!」

俺は鷹志さんの腕の中で、人形のように大人しくしていた。鷹志さんがくすくす笑って、俺の頭を撫でる。

「しかし、鴇也もひどいよねえ、仁介くんのことほったらかしてさ。父さん母さんに呼ばれたのかな、何かあるのかな…くく、く」

俺は答えない。答えられない。言葉が見付からなかった。

「仁介くんと家を天秤に掛けてさ、家が勝ったとかだったら、嫌だね。ねえ――……」

その声は明らかに、俺に向けられていなかった。鷹志さんの首が、上を向く。釣られて視線を上へ向け、……心臓が止まるかと思った。


「鴇也?」


…なんで。いつの間に。兄さんが。
視線で人が殺せるなら、鷹志さんはもう何回死んだだろう、と思うほどの視線で兄さんに見つめられた鷹志さんは、しかし実に愉快そうに笑った。
「……鷹志さん」
押し殺しても、押し殺しきれない殺気が部屋に充満する。鷹志さんはそれすら笑って、俺を押し退けて立ち上がった。兄さんが俺の手を引っ張って、後ろへ隠した――……その手は嫌に汗ばんでいた。
鷹志さんは兄さんに笑いかけると、…それから俺を見た。してやったり、と言う笑顔だった。

「じゃ、後はお二人で。換気だけはしといてね……ははっ」

そしてそれ以上何も言わず、無責任に部屋を出ていく。部屋には俺と兄さんと、痛い痛い沈黙だけが残された。
はっと、まだ本を手にしていたことに気付いた。気持ち悪いものでも掴んでいた心地がして放り出すと、本がぱらぱらと捲れて、読み皺の付いたページで止まった。そこに書き付けられた文字が目に飛び込んできて、吐き気がした。

赤い文字で、見開き一杯に書かれた、
「ざまあみろ!!!」
鷹志さんは何も変わってやしなかった。


「…何された」
「…………え」
「何かされたんだろ鷹志に」

答えられなかった。

兄さんが振り返って、俺を睨むように見た。
「言えよ」
「………あ」
「言え」
「……別、に」
なにも。
兄さんが眉を吊り上げた。が、声色は落ち着いたままで、それが逆に怖かった。
「別にってこたあねえだろ。俺に言えないようなことされたのか」
「いや、」
「いやって何が嫌なんだよ。おい……あーもういい。当ててやる」

そして兄さんは俺へ、左腕を差し出した。俺は否定しようと口を開いたが、結局言葉は出て来ず、沈黙が深まっただけだった。
兄さんが溜め息を吐いた……自嘲とも取れる表情を浮かべて。

「お前、そんなに……」
「兄さん?」
「…いいんだ。折角帰ってきたんだ。いい機会だ」
「え?」

兄さんがぐいっと、俺を引っ張った。そして俺を引きずるようにして部屋を出る。縁側で靴を引っ掻けて、外へ出た。

「兄さん?」
返事はなかった。
「…ど、どこ行くの?ねえ?」
兄さんは答えてくれない。
「帰ろうよ、ねえ?そっちは、さ、ほら、」

そっちには、あれがある。あれが、待っている。あれが、兄さんを、兄さんの腕を――……

「……帰るゥ?」
兄さんが、足を止めた。

「帰るって、どこに。久藤か?九十九か?どこに帰りてえんだ、お前は」
「…………」
「……答えられねえ、か」
兄さんが独り言のように言った。そしてまた、俺の手を引いて歩き出す。森の奥深くへ、足を向けようとする。

「……兄さん、やめて」
兄さんは振り返らない。
「駄目。そっちは駄目。そっちは……」
俺は精一杯手を振りほどこうとした。が、むしろほどこうとすればほどこうするほど、拘束はきつくなる。
「……やめて。やめて、お願いだから、そっちにいかないで、駄目、駄目………や、…やめて、やめてください。やめてください……!」

いつの間にか俺は、大声を上げて泣きじゃくっていた。兄さんの腕を振りほどこうと、子供のように喚く。
「…ごめんなさい。兄さんごめんなさい、もうしないから、許してください……」
「何で、」
兄さんの爪が腕に食い込んだ。再び足を止め、振り返った兄さんの表情は、泣いているようにも怒っているようにも見える、複雑な色をしていた。

「何で謝るんだよ……お前は何も悪くねえじゃねえか!!!!お前は、そんなに、俺が、」
……信用できねえのか。兄さんは吐き捨てた。

「俺はお前を許してる。ずっとずっとずっと、ずゥっと前からお前を許してるだろ?お前がお前を許せないだけだろ?俺が許してんだから、いい加減、お前もお前を許せよォ……!!!」
兄さんが、痛いくらいに俺を抱き締めた。痛いくらい、じゃない、痛い。腕も身体も心も、全部痛い。でも兄さんはもっともっと痛いだろう、痛かっただろうと思うと尚更泣けた。

「くっそ……!!!」

兄さんが悪態を吐いて、より強く俺を掻き抱いた。兄さんもいつの間にか泣いていた。
俺達は、何も変わってやしなかったんだ。まだ、家が怖い。まだ、あの木が怖い。古傷が痛い。お互いを失う恐怖が、消えない。

「兄さん、……帰ろう」
「どこへ?」

兄さんがさっきと打って変わって、気弱な声で言った。迷子の子供みたいな、そんな感じ。俺は兄さんを抱き締めた。震えるその背を、愛しいと思う。兄さんだって怖いんだ。

「兄さんが居るところなら、どこでも……でも、ここじゃない」
「うん」
「帰ろうよ」
「うん…」

ジワジワと蝉が鳴く。ざわざわと木が揺れる。あの日と何が違うだろう、今日が。

一日一日は森に取ってはただの繰り返しでしかない。もう十年も前のあの日も、今日もほとんど変わらない。同じような日を、幾千も幾万も繰り返している――……が、

一日一日は、俺達に取ってはその一日一日が全く違うものなのだ。昔の積み重ねで、今日がある。あの日があったから、今日こうしていられる。俺の掴むこの左腕を、愛しいと思える。


確かに、そう思えた。