無題
少し目を開ければ、黒い髪が見えた。
まろやかな白い頬が見えた。
困ったように笑う口元が見えた。
小さく頼りない肩が見えた。
きちんと膝をつけて座る細い足が見えた。
いつだって、見えていた。
瞬きをすれば、目に映るのは薄い光に覆われた壁だけだ。
自分が座っているのと同じ色のソファ、クッション、テーブルに置かれたカップ。
自分のカップを持ち上げて少し冷めた紅茶を口に含む。
ストレートティーの味わいが口の中に広がった。自分にはぴったりの味だ。
満足して口の端が持ち上がり
「ほら、やっぱりストレートが美味しいじゃない。これなら君も」
視線を向ければ、黒い髪が見えた。
まろやかな白い頬が見えた。
困ったように笑う口元が見えた。
小さく頼りない肩が見えた。
きちんと膝をつけて座る細い足が見えた。
いつだって、見えていたのに。
カチャリとカップをソーサーへと戻す。そのまま、じっと彼のカップを見つめた。
取っ手はきちんと右手の方へ向けてやっている。砂糖用のスプーンなんて置いてやらない、ミルクだってテーブルには持ってきてない。
時計の秒針が時を刻む音が聞こえる。
外からの風が室内へ流れて、自分の髪を揺らしている。
明るかった日の光が陰り、温かかった紅茶が冷めていく。
折原臨也は待っていた。
カップに手がかかり、それを持ち上げる。
一口飲んで、やっぱり砂糖が欲しい、ミルクも欲しい、そう言われるのを待っていた。
もしかしたら、ストレートだけどこれならいけますね、と言われるのを待っていた。
どちらでも良かった。
だけど、どちらを言うのか、もう自分にはわからなかった。
どちらが正しいのか、永遠に知る術を持たなかった。
ありとあらゆる情報を取り扱っている、情報屋の折原臨也でさえ、その答えを知ることはできなかった。
もう一度目を閉じる。
臨也さん、と自分を呼ぶ声が聞こえる。
ソファで転寝をする彼の姿が見える。
ゲームに興じて声を上げて笑う彼の笑顔が見える。
「――――くん、ねぇ、おれは・・・」
彼の答えを知ることもできない。
彼を取り戻すこともできない。
彼の傍にいくこともできない。
「おれは、きみがね・・・」
でも知っていたことがあった。
知っていることがあった。
伝える術すら、ないのだけれど。
「きみのことがね、――――――」