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彼が年間予算を検討するわけ

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「・・・あれ?なんでいるんだ?」
「・・・・・他に言うことはねーのか、バーロォ。」
工藤邸居間のソファで、多分来るだろうと思って待っていたらば案の定。
足音無く蝶番の音だけを立ててドアが開くと、若い男の声がした。
「ちわー、三河屋でーす?」
「美人の若奥さんはいねえぞ、この家。」
「おっ、話せるじゃねぇか名探偵?」
「ちっげーだろーがよっ!」
不毛な会話に、流石に読んでいた目暮警部お勧めの商品カタログを投げた。
振り返れば、この工藤邸を訪れる際の礼儀とでも思っているのか、高校生のオレと良く似た造作の顔がある。
もはや旧知とさえ言える相手・・・怪盗キッドだ。
「招待した覚えのない人間がここにいるっつーのに、なんで馴染んでるんだテメエ!」
「いやー、お借りしたもの、返しに来ました。名探偵なのに、そんなこともわかんねーのか?」
「それを言うなら、盗んだものを返しに来ました、だっ!持ち主が貸し出し許可したわけじゃねえだろうがっ!」
「あ、オレのおかげで助かったのに、そういうこというんだ?ひでーひでー!」
「別に今回、オレの姿で蘭の前に現れなくても問題なかったろうがっ!!」
そうなのである。
この、世紀末だか新世紀だかの怪盗は、これまでも何度かやったように、工藤新一、つまり高校生のオレの姿で今日、蘭の前に現れたのだ。
ご丁寧に、オレの私服で、だ。無駄な完璧主義者め。
それで何て言ったかといえば、授業のノートを借りに来た、と抜かしやがった。
あーあー、そうだな、試験も近いからな、つーかもう、何回か受けられなかったから留年の危機が一入で。
そりゃあ、ノートくらい借りたいとは思っていた、思っていたが!!
「だってよー、お前、博士はともかく、あの子や美少女科学者や、ましてオレに勉強教えてくれとは言わねーだろ?」
「・・・・・。」
飄々とした指摘に、その通りなので黙りこくる。
というか、アレか、美少女科学者って灰原か。
なんでお前、オレの人間関係をそう熟知・・ああ、変装するのに調べられたのか。気分ワリィ。
「いいんじゃない?出席日数の不足は確実だもの。補習で補うにしたって、よほどの成績をとらなきゃ、留年どころか中退よ?別に工藤君、そこのヒトみたいにIQがずば抜けているわけでも無いんでしょうから、小まめに勉強しておいたら?」
そういって、噂をすれば影が差すように灰原がトレーにポットを二つ、マグを三つ載せてやってきた。
「・・・おまー、ヒトんちの台所・・・」
「あら、一応、来訪を待ってたんだからこのヒトは客分でしょう。お客さまにお茶の一杯も出さないなんて、随分礼儀知らずな探偵さんね?」
呆れて半眼になったオレを窘めるように、灰原は小さく笑う。
絶対に私服を戻しに来るはずだって息巻いてたのは誰だったかしら?そう言って。
・・駄目だ、初めの頃は子供の顔に大人のその表情がひどく違和感を感じたってーのに、見せられた回数からもう慣れている。つまり、オレがそれだけ負けこんでるということだ。
「うわー、うれしいなー美少女科学者、コーヒーと紅茶、両方用意してくれたんだ?!」
言いながら、怪盗はトレーを灰原から受け取って、テーブルに置く。
二つあるポットはそういう理由だったらしい。
「どちらがいいのか分からなかったもの。コーヒーはストレートだけど、紅茶にはジンジャーのジャムが入ってるわ。」
「その身体じゃ用意するのも大変だったろ?本当に有難うな!」
・・・なんかこいつら仲が良くないか?
「ほら、工藤君も借り物なんだから、カタログ大事になさいよ。推理小説だったら投げたりしないのに、まったく。」
灰原は床に投げてあったカタログを目にとめると、大仰に溜息を吐いてソレを拾う。
「んー、何のカタログなわけ?」
と、キッドはそう言って、手癖の悪い怪盗ならではの自然さで灰原の手からカタログ誌を浚った。
「あっ!テメェは見るんじゃねーよっ?!」
慌てて取り返そうと立ち上がるが、いかんせん、身長差がありすぎる。
しょーがくせーとこーこーせーじゃなーなんて、冷静な頭の声は聞こえない振りだ。
ちくしょう、身体が元に戻ったら、どっちの背が高いのか確認してやる。
「・・・んーと、これって、もしかしてオレのための?」
ぱらぱら捲りながら苦笑するキッドに、オレは探偵として憮然とする。
「・・・そうだ。お前のための舞台装置っつーか、手品の種の仕込みをどれにするかのカタログなんだよ。」
ったく見るんじゃねーよ、と優しげに差し出された手からカタログを乱暴に奪い取る。
つまりは、怪盗キッド対策にどんな機材を用意しようか、と目暮警部から相談されたので、オレの手元にあるものなのだ。
正確には阿笠博士の意見を聞きたい、ということでだ。
なんだかんだ言っても、昔気質の警部にはどうにも最新鋭の機械というのがわからないらしい。
ちなみに、小五郎のおっちゃんには・・・一度小脇に抱えて警部殿も訪問してくれたのだが・・いかんせん似たり寄ったりの知識だったことを確認してしまったので、もはや頼りになるのは博士のみ、と心に決めたらしい。
「・・うーん、言ってもいいものか、どうか、うーん?」
怪盗はオレの手にあるカタログを見つめながら困った顔で苦笑する。
「あんだよ、何かあるのか?」
怪訝に思って訊けば、怪盗キッドのときにも見たことのある、頬を掻く仕草。
言いづらいことを言うときの癖なんだろうな、とオレが思っているアレだ。
「えーと、オレと長ーい付き合いになる担当の刑事さんがいるんだけどな?」
よほど口にしにくいのか、キッドは灰原が入れた紅茶をマグに注いで口につける。
湯気が暖かそうで、ジンジャーがいい匂いを立てた。
口元が美味いと言わんばかりに吊り上る。
「・・結構、オレに思い入れてくれてるのか沢山貢いでくれててさ。」
「はっきり言えハッキリ!」
こいつとのやりとりは、ただでさえイライラするというのにこんな思わせな喋り方ではオレもすぐに忍耐が切れる。
「・・うー、あー、ん。まあぶっちゃけると、2割がすでに購入されてるぜ、そのリスト。」
「はあっ?!」
あらまあ、と灰原までが驚いた声を上げた。
「・・・まあ、実際に現場で使ったものは少ないんだけど。いいかんじにダブってる。オレってこういうもので捕まえられるイメージなんだなー、ってちょっと気恥ずかしいぜ。」
視線を宙に漂わせて、ずずっと紅茶を飲むその様子は、本当に居た堪れないのだろう。
コイツは仕事でもない場面で怪盗キッドとして扱ってやると結構地を出してくるが、それでも紳士然とする態度は余り崩さないのに。
心此処に在らずで、音立てて紅茶を啜るキッドなんて、イメージから随分かけ離れている。
完全に気が抜けてるのだろう。
「つーか、何でお前もソレを知ってんだ?」
「ああ、だって公表されてるからさ、官報に。」
ぐらり。
視界が歪んだと思った。
「・・・公的機関の限界ね。」
溜息交じりで視線を落として、灰原が呟く。
まったくだ。馬鹿馬鹿しくて泣けてくる。
官報とは、政府官公庁の報道だ。