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Be Conscious その①

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「エース、手伝ってくれよ!クマだぞ!」
 ルフィは鉄のパイプを低く構えながら、切羽詰った調子で叫んだ。助けを求めるように、後ろに視線を投げる。
 後ろに根をおろしている樹の枝の上には、そんな弟の行動を高みの見物と決め込んだ俺が、悠長に構えていた。
「ん~?一人で生きるんだろ?」
 生意気なことを言う弟を、困らせてやろうと思っただけだった。
 弟にじりじりと間合いを詰めてくるクマと、恐怖を孕んだ瞳で、自分に迫りくる凶暴なそいつを見つめるルフィ。
(そうだ、目を逸らせば奴は襲い掛かってくる。)
 低く地鳴りのような唸り声を、鋭い牙の間から漏らしながら、褐色の硬い毛で覆われた前足を振り上げる。
 まるでものを引き裂き引っ掛ける為にあるような爪は、極限に大きく広げられていた。(隙を見せたら、襲い掛かってくるからな。そのまま少し、見合っていろ。)
 ルフィはてに汗をかいているのだろう。何度も鉄パイプを握りなおしていた。
 いつもはサボと三人で戦っていた獲物だ。
 一人で、しかもルフィなら到底かなわない獰猛な生き物だった。俺一人なら一人でも仕留められるだろうが、それでも油断は出来ない。
 それなのにルフィ一人でそいつと向き合っている。そのプレッシャーはかなりのものだと分かっていた。だが別に、見捨てるつもりでも、見殺しにするつもりでもなかった。
 ただ、困らせてやりたかっただけだった。
 緊張で唇が乾くのか、舌で何度もなぞっている。
 俺が助ける樹がないと思ったのか、ルフィは決意を秘めた瞳でクマと向き合いなおした。一人で倒す気になったのだろう。
 クマの攻撃にすぐ対応できるように、鉄パイプを短く持ち直した。膝を曲げ体勢低くすると、相手が動いたときにかわせるように、集中する。
 しかしクマは、ルフィよりもさらに上手だった。
 俺がその場景に見入っているときに、枝にもたれ掛かっていた身を起こしたのだ。ルフィの気迫に自分もつい力が入った・・・というのが正直なところだ。
 その動きを感じたルフィは、集中が切れた。俺が助けに来てくれると思ったのか、後ろを振り向きかけたのだ。
「ガルルル!」
 明確な殺意を持った唸り声が、辺りに響く。
 ルフィの気が逸れた隙を突いて、クマは爪を大きく弧を描くように振り下ろした。ルフィはその動きに気付き、避けようとした。しかし熊野攻撃はあまりに機敏であり・・・ルフィは未熟だった。
 爪がルフィを引き裂き、勢いで自慢人跳ね飛ばされる。ルフィの体には紅い筋が何本か浮き上がった。そこからじわじわと流れ出した血の量から、その傷の深さが窺える。
「!ルフィ・・・・。」
 俺はその光景を、スローモーションで見ていた。跳ね飛ばされるルフィ。そして力なく声も無く横たわる彼の上に、さらに攻撃を重ねるクマ。
 俺は血の気が引いていくのを感じた。
「う・・・・わぁぁぁぁ!」
 枝から飛び降りると、手に持っていた鉄パイプを素早く握りなおし、脳天に打ちつけた。
 すぐ後ろに飛び去ると、鉄パイプを構えなおす。
 あれ位の攻撃では,クマがビクともしないのは知っていたからだ。しかしこれで、弟から気が逸れるのも知っていた。
 クマは攻撃の対象を、俺に切り替えてきた。
(よし・・・。)
 狙ったとおりのクマの行動に、微かに口元に笑みを浮かべる。
 ジャリ・・・と地面に足を滑らせて、重心を下に下げる。飛び掛ってくれば、かわせる自身が俺にはあった。
 クマは怒りを露に、威嚇の唸り声と共に飛び掛ってきた。爪は俺に向かって突き出すと、巨体をぶつけてきたのだ。
 予想以上に早いクマの動きに、紙一重でかわす。しかし完全にではなかった。つめが頬を掠っていったのだ。
 頬に糸のような細い僅かな傷が出来る。だが手の甲でそれを拭うと、血は零れなかった。本当のかすり傷だ。
 俺はクマから気は逸らさず、視線だけルフィの方に投げると、ぐったりと微動だにせず横たわる姿が飛び込んできた。
 地面が血を吸って、どす黒い。出血が多いようだ。
「チッ・・・・。」
 早く手当てをしてやらないと、生死にかかわる。
 しかし焦ってやみくもに攻撃しても駄目だ。確実に急所を狙ってやらないと・・・。油断は出来ない相手なのだ。
 視線をクマに戻すと、ジッと相手の目を見ながら隙が出来るのを待つ。
 神経が研ぎ澄まされていくのが分かった。呼吸が全身で行っているかのように、指先、髪の一本一本までも脈動しているように感じる。
 音がいつの間にか消えていた。
 鳥の囀り、虫の声、風が奏でる葉の音。先ほどまで感じていたものが存在を忘れてしまったようだった。
 あの煩わしかった、クマの唸り声さえも。
 互いに間合いを取りながら、見詰め合う。どのくらいの時間が経ったのかは分からなかった。
 辺りが急速に暗くなっていくのに気が付いた。
 そしてそれが何の前兆であるのかも、知っていた。
 俺は迫りくる危険をビリビリと肌で感じていた。しかし鉄パイプを手放せば、クマを倒す事が出来ない。唯一の武器だ。
 とその時。
 目を眩ますほどの光が一瞬辺りを走り、近くの木を縦半分に裂いてった。そして燃え上がる炎が木を包み込んでいく。
 クマが一瞬たじろいだ。
 俺はその隙を逃さなかった。
 地面を蹴ってクマの横に駆け寄り、思いっきり鉄パイプを腹に打ち込む。そしてそのまま流れるような動きで、よろめいたクマの腹にそれを突き立てた。
 地が勢いよく噴出し、俺に降りかかる。どろりとしたそれは、俺の服や髪にさえも絡み付いてきた。
 しかし俺は気にせずに、クマから距離をとる。弟の方に駆け寄ると、その身を抱えその場を離れた。
 クマはしかしそれが致命傷にはならなかった。まだ起き上がり、俺たちに向かって動き出そうとした。しかし・・・それはすぐに不可能になる。
 先ほど木を裂いた光が、クマに向かって降りかかったからだ。光を受けた瞬間、焦げたような匂いを発し、仰向けに倒れこんだ。
 空から、ポツリポツリと水滴が落ちてくる。大粒のそれは、打ち付けるように地面に絵を描いていった。
 次第に激しさを増していく・・・雨。
 クマが倒れるのを確認した俺は、腕の中でぐったりと力なくしな垂れるルフィに、視線を落とした。
「おい・・・、ルフィ。」
 頬を叩いてやるが、反応は無い。抱える腕が血を受けて、赤く染まっている。ぬるぬるとしたそれは、独特の匂いがした。
 俺は焦って立ち上がると、ダダンの国に向かって走り出した。ここからそう遠くは無い。
 いつも健康そのものという少し日に焼けた肌の弟は、今は血の気が引いて白い顔をしている。
「おい、しっかりしろ・・・ルフィ。」
 息はしているが、力なく上下する胸が俺の不安を煽った。
「もうすぐ、ダダンの国に着くから・・・。それまで頑張れ、ルフィ!」
 打ちつける雨、狼の唸り声のような神鳴。道は大粒の雨のせいで、次第にぬかるんでいく。足元がとられそうになるのを気をつけながら、
「もうすぐだからな。ルフィ!」