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明鏡止水

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 色を抜いた紀田正臣の髪が、きらきらと朝日を跳ね返す。
 王宮の奥の奥、王族とその関係者、一部の高官しか立ち入りを許されない区域を駆ける、少年然とした姿。正臣の目立って浮いていた。夜勤の衛兵が「またお前が」と咎めるようなしかめっ面を作ってみせるのを、「はよーございまーす!」と軽い挨拶で返して。苦い笑みを尻目に奥へと進み、正臣はひと際大きな扉の前に立つ。部屋付きの衛兵に見よう見まねの敬礼をしてみせて、ひとつ深呼吸、そして彼は、
「おっはよう帝人!いつまで寝てんだもう朝だぞ朝!ほれ起きろ起きろ!」
 騒々しく声を上げながら部屋に入った。背後で動揺する気配。異動してきたばかりか。部屋の前で警護していた衛兵の一人は正臣を知らなかったらしい。
 部屋に鎮座する大きなベッドの、羽毛の掛け布団の山が緩慢にうごめく。
「んん……もう正臣、もうちょっと、静かに起こしてよ……」
「だってお前、声掛けただけじゃまた寝ちまうだろうが!」
 とっと起きないと無理やり布団引っぺがしちゃうぞ、さーん、にー、いーち、と正臣がカウントダウンを始めたところで、掛け布団がばさりと跳ね上がった。
「起きる、起きるから!……ふあ、あーあ、おはよ正臣」
「おはよう。早く支度しねーと、俺がお前の分まで朝食食っちまうからな」
「なんでだよ!いいよ、コックさんに作り直してもらうから」
 目をこすりながら起きてくる帝人は、ふらふらと危なっかしい足取りで寝室の奥の洗面所へと消えていった。これが、この国の将来を担う、次期国王陛下の姿とは信じられない。公式な場ではなかなか凛々しい姿も見せてはいるのだが、かなり背伸びをしている感はいなめない。寝ぼけた顔も、それはそれでご愛敬なのだけど。
 本来なら正臣みたいないち臣下は、こうも気安く寝室に入ってくることはできなくて、もっとがちがちの敬語で、呼び捨てなんて以ての外だ。けれど、幼馴染じみで、竜ヶ峰帝人に国民一信頼されている人間として、現国王陛下に認められて、正臣はお目付け役、帝人付きの世話係として王宮にいる。
「馬鹿、コックさんに余計な手間かけさせんなよ。だから俺が作ってやるし」
「だからなんでだよ!正臣の目玉焼きって黄身までしっかり焼くから苦手なんだよね」
「まあでもお前よりは料理上手いと思うけどな」
「う、うるさいよ」
 ぷいっと顔を背ける帝人に笑いながら、いつぞやの栄養学の実習で、卵をこんがり焦がしていたのをからかって。今日は言語学と歴史学と、とカリキュラムを並べ立てていくと、帝人はうんざりと嫌そうな顔をしてみせた。
「だいたい僕、王族だか何だかに生まれちゃったけど普通の人間なんだからね。全部なんて習得出来るわけないよ」
「それは俺が悲しいくらい知っている。それでも全国民はお前に期待してんだ、頑張れって。それとあれだ帝人、上手な手の抜き方ってのも学習する事を俺はお勧めする」
「前半と後半で言ってること矛盾してると思うんだけど……うん、ありがと」
 基本的にはおっとりとした顔に、ほわりと笑みを浮かべる帝人。とりたてて猛々しいわけでも美しいわけでもないけれど、正臣は温和を絵に描いたような容姿を気に入っていた。
 いざという時にはなかなかに凛々しい顔つきで、生まれついた『指導者』の血を披露してみせる。将来はきっと良い王様になるだろうさ、と正臣は思っている。

 自分は普通の人間だから。そう言っていた人間を、正臣は知っている。
 すぐにでも葬り去ってしまいたい記憶を伴って、黒衣を纏った男の姿を思い出す。





 廊下は静まり返っていた。勉強中の帝人を部屋に残し、資料室に向かっていた正臣は、ぎくりと足を止めた。
 黒のコートが視界の端を横切った。忘れようったって忘れられないトレードマークの黒。正臣の全身がぞわりと総毛立つ。出来ることなら二度と関わりたくない、出来ることなら殺してやりたい、相反する感情に脚が動かない。気づけば正臣は声を上げていた。
「臨也さん!」
 折原臨也は立ち止まる。振り返った黒づくめの男は自分を追いかけてくる正臣に目を留め、親しげな笑みを浮かべた。まるで旧知の親友にでも声を掛けられたかのように。
「やあ正臣くん、久しぶりだね」
「どうも。ご無沙汰でした」
 ずっとこの男を避けていた。折原臨也の存在自体が正臣にとって、いつまでも膿み続ける治らない傷のようだった。触れたくない暗部。だけれどいつまでも目を背けてはいられない。折原臨也は危険だ。
 彼は《預言者》だった。未来を見据え託宣する。顧問として臨也が関わった出来事は、概ね彼の預言通りになった。当然のように、折原臨也はこの国の中枢に関わっていた。
 そうして男はいつしか、帝人の信頼を勝ち得ていたのだ。
 睨む正臣から滲む敵愾心になど気づいていないかのように、臨也は人好きのする『感じの良い笑顔』を正臣に向ける。整った顔に品のある仕草、口の巧さや頭脳だけじゃない、その詐欺師みたいな立ち振る舞いで人々を欺いてきた男だ。臨也は、微笑んでいる時が一番タチが悪い。そういう時の彼は十中八九、腹に何か黒いものを抱えているからだ。
「直にこうして会うのはもう一年ぶりになるのかな。君は元気そうで何よりだ」
「臨也さんも、相変わらずみたいですね」
 昔も今も、優しげな好人物の皮を被った外道だった。
 臨也は言葉を選ぶ。相手の神経を逆撫でし、平静を失わせ、もっとも相手がダメージを与えられるであろう言葉を、敢えて選んで口にする。男はそれを「俺なりの愛だよ」と嘯く。
 当たり障りのない挨拶、一言一言にすら正臣は身構えていた。先制の一発でもお見舞い出来れば上々なのだが、相手がうっすらと唇を動かすだけで身体に緊張を走らせている今じゃあ、またまんまと喰われそうな気がする。
「ところで、沙樹ちゃんは元気にしてる?」
「元気っすよ。……あんたもご存じの通り」
「それは何よりだ。そもそも俺の元を離れた彼女の事なんて、よけいなお世話だったかな」
 情報が武器の男が知らないはずがない。この程度の嫌みで動じる相手だとは思っていなかったが、臨也はむしろ愉快そうに口の端をつり上げていた。不気味な存在感が高まる。
「ああ、今の君に訊くべきは彼女のことじゃなかったね」
「なんすか」
 臨也は目を細めた。柔らかな微笑みに酷薄な色を湛えて。
 最高潮の、嫌な予感。

「帝人くんとは仲直りできたんだ?よかったねえ」

「……ッ、どの口がそんな事を!」
 一瞬で脳髄が沸騰した。自制のタガが呆気なく外れて、正臣は臨也に殴りかかっていた。単調な拳をするりとかわされてたたらを踏んだところに滑り込んできた、臨也の顔が眼前にあった。左手で拳を壁に押し付け、右手の人差し指を一本、立てる。
 臨也は細い指を、自身の薄い唇に当てた。
「駄目だよ、こんなところで大声を出しちゃ。帝人くんが驚くだろう?」
「く、っ」
 帝人。臨也がその名を口ずさむだけでも腹立たしい。そんな正臣を知悉している男は、造作も無く正臣を抑え込んだ。
作品名:明鏡止水 作家名:美緒