明鏡止水
慌てたように後から帝人がついてくる。次期国王陛下をそんな恐れ多い扱いができるのはお前くらいだな、と仲がいい衛兵に苦笑された。さすがに大衆の前では畏まってかしずいているけれど、王宮の中では特別に許されていた。他でもない帝人が、今まで通りでいてくれと願ったから。
「なあ帝人」
「わぶッ!」
突然立ち止った正臣の背に、勢い余った帝人がぶつかってくる。態勢を崩した帝人を受け止めながら、いつまでこうして気安く付き合っていられるのだろうと正臣は口惜しく思う。
「お前がピュアで純朴なのはいい事で、いつまでもそうであって欲しいと思うんだけど、あんま人を無闇に信じんなよ?」
「ピュアって。気持ち悪いんだけど」
「失礼。俺も自分で言っててなかなか気持ち悪かったから言い直そう。馬鹿正直で騙されやすいお前の未来が心配なんだよなあ、俺は」
「はっきり言われるとそれはそれでむかつくなあ!」
「まあまあ」
帝人の背中をばしばしと叩きながら、いつもみたいにけらけらと正臣は笑ってみせた。
帝人の飾りのお人形でも、賑やかしのための道化でも、求められるなら何だって演じてやる。今はそう、帝人に無用な心配をさせない事が至上命題だ。
「物騒な世の中だからな、周りの人間は全て狼だと思うくらい警戒を怠るなって事だよ」
「ぼ、僕だって気をつけてるから大丈夫だよ!」
気をつけている。そう思っている人間が一番危なっかしいのだ。現に、折原臨也の擬態にまんまと騙されて、懐いている帝人だから。
「俺が着いてて目を光らせていてやるからさ、大船に乗った気でいてくれたまえよ」
「正臣の寒い冗談と軽いノリが、一番心配なんだけど……」
沙樹をまたないがしろにしてしまうかもしれないと言ったら、彼女は笑っていた。――前回とは事情が違う。正臣の納得がいくまで、やれることをやるだけやって、帰ってきて、なんて。彼女には頭が上がらない。
帝人を護るために、ずっと傍にいると決めた。
忍び寄る悪意に気づけるように、いち早く危険を察知できるように。
――正臣が黒幕だったの?
親友に裏切られたと知って蒼白になった帝人の顔を、
――必要なら、僕が君を手にかけなきゃいけない。ごめん正臣
正臣よりも自分の立場を選んだ帝人の、腹をくくった悲愴な顔をもう見たくないから。
いつまでもこうして馬鹿みたいに笑っていられますように。
End.