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潜熱のゴールデンサンズ

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 海沿いの幹線道路を外れたコンバーチブルを迎えるのは、広大な砂漠だ。
 ハンドルを握る男は鏡越しに後部座席へと視線を移し、
「大丈夫か? ここから先は、かなりの悪路になるんだが……」
「は、はい。だ、いじょ……うぶ、です」
 なんとか声を絞り出したが、隣に座った友人にバシバシと背中を叩かれる。
「無理すんなって。ビニール袋、いるか?」
「うう……」
 運転席の黒髪は、同行者ふたりに外套をかぶるよう声をかけた。そして自らもゴーグルをつける。彼の弟分でもある若きソルジャーは後部座席でコンパスと地図を広げ、ナビゲーションの担当だ。
 少年は目を閉じていた。唇が乾く。胃の内容物はあらかた吐き出してしまっていた。後はこまめに水分をとり、ただ目的地が近づくのを待つしかない。
「クラウド」
「……なに?」
 のろのろと向けた目線に映るのは人好きのする笑顔、だが突然に投げられたカーキの布地に視界が塞がれる。それが彼の外套だと気付く間もなく、
「ちょっと被ってろ。いいか、動くなよ」
 高いブレーキ音を立てて4WDの車輪がカーブを描く。
 クラウドは目を見張った。一瞬前までは何もなかった低地に、みるみる砂の塔が築かれてゆく。
「お客さんのお出ましだ」
 歓迎してやらねーとな、笑いながら剣をとるソルジャーとは反対に、少年は息を呑んだ。
 砂礫から現れたのは、半透明の粘液をまとう芋虫じみた巨体だ。
「いらっしゃいませー!」
 陽気な挨拶と同時に大きく車体が揺れた。跳躍の反動だ。ふいに視界から消えた親友のシルエットを追ってクラウドは天を見上げる。常人にはありえない高さまで身を躍らせたソルジャーは、ターゲットの頭上から派手な斬撃を浴びせていた。
「ザックス!」
「おうよ。まかせとけって」
 器用に身を翻した彼は、着地と同時にニカッと親指を立ててみせる。
 先手をとられた巨躯がうねり、牙の密集した口から濁った消化液が吐き出された。明らかに彼を狙って撒き散らされるそれを、ザックスは曲芸師のように飛びのいて次々と避ける。
 そして回避のアクションをそのまま攻撃へと転じた。彼が剣をふるい、また飛び跳ねるたびにモンスターの身体に傷跡が増えてゆく。懸命に注視していないと見失いそうな速さだ。やがて劣勢を感じ取ったのか、傷だらけの巨体は攻撃をやめて砂の中へと潜りこんでゆき、ついには見えなくなった。
 ……撃退できたのか? そう思いかけた次の瞬間、
「うおっ!」
 突然に地中から姿を現したサンドウォームが牙を剥き出しに襲い掛かってきた。咄嗟に剣をかざしたが防ぎきれない。礫岩に向かって弾き飛ばされる寸前、ザックスの身体を淡い光が包み込んだ。そのまま岩が砕けるほどの勢いで叩きつけられ、しかし反転して起き上がった彼は殆どダメージを受けていないようだ。そして此方へ向け、まるで子供がするようにぶんぶんと手を振っている。
「ありがとな、アンジール!」
「突っ込んでいく前に自分でかけろ。まったく」
 ため息まじりに応じた先任ソルジャーは、今度はクラウドに向けて詠唱をはじめる。おそらく防御魔法なのだろう。全身を包んでくれる翠色光は、ほんのりと温かい。
「つけておけ」
 さらに彼は携行品から何かを取り出してクラウドの手に握らせてくれた。広げてみれば、銀糸の網に四種類の細かな宝石が散りばめられている。その間もアンジールの視線はまっすぐに怪物へと向けられたままだ。
「……来るぞ、ザックス」
「おう」
 応じた直後に風塵が舞い上がり、砂漠全体を激しい地震が襲った。ただ揺れるだけでなく磁場が変化するのか、ザックスもアンジールもその表情を険しいものに変え、加えられたダメージに耐えている。そしてクラウドは気付いた。強化された肉体を持つソルジャー二人が苦痛を感じているようなのに、自分だけが何のダメージも受けていない。
 少年の視線に笑みを返したアンジールが、砂まみれの金髪に外套をかぶせ直す。
「大丈夫だ。こいつは殆どの属性を吸収する」
 先ほど手渡されたものを指して言った。この装飾品はテトラエレメンタルというのだと。
「いいかザックス、奴の魔力が途切れるタイミングを逃すな」
「りょーかい」
 ようやく地殻の揺れが引きはじめた、そう感じた時すでにザックスは宙を舞っていた。白刃の描くラインに沿って赤茶けた外殻が裂けてゆく。数メートルの長さに渡って刻まれた切創はどう見ても致命傷だ、そう見えた。だが怪物は巨体をしならせて自らの血肉ごとソルジャーを弾き飛ばす。深々と突き立てられていたロングソードが半ばからバキリと折れた。息を止めたクラウドは砂避けの外套を握り締める。すぐさま跳ね起きた親友にさほどの怪我はないようだが、あまりの急転に声も出ない。
「くっそ」
 折れた剣を投げ捨てながらの舌打ちに、アンジールの苦笑が応じた。
「主役交代か?」
「いんや、まだまだ!」
 ザックスは左腕のバングルをかざし、詠唱をはじめる。そして今まさに獲物を呑み込まんと鎌首をもたげた怪物を、きらめく氷柱が取り囲んだ。異変に身をよじる巨体へと冷気のスピアが突き刺さる。ぼたぼたと得体のしれない粘液が溢れ出す。
 そして鋭く空を切る音が聞こえ、投げられたバスターソードをザックスが受け取った。
「大切に扱えよ」
「わーかってるって!」
 威勢よく返したザックスは風を舞い上げて一太刀、
「これで……終わりだ!」
 巨躯を誇るターゲットをまっぷたつに両断した。

 重量感に満ちた死骸が砂地に沈んでゆく音を聞きながら、クラウドは頭上を仰いでいた。
 凶悪なモンスターが数多く棲む砂漠、その真ん中に遊園地を造ろうだなんて、いったい誰の思いつきだろう。なんにせよ酔狂なことは確かだ。
「ありがとな、アンジール。あとで手入れしとくから」
 ひととおり拭った剣を返すザックスに、揶揄の色を浮かべて彼は笑う。
「随分と手間取ったな」
「ちぇ、砂地は慣れてないんだよ。いーじゃねえか、倒せたんだから」
 ぼやいたザックスは後部座席に飛び乗り、大げさに友人の肩を抱く。
「どうよクラウド、俺の大活躍。カッコよかっただろ?」
「うん……」
 生返事のクラウドはふと浮かんだ疑問を胸に、両断されたモンスターの死骸へと視線を移した。そんな友人をザックスが覗きこむ。
「どした。まだ怖いか? 大丈夫だって、もう死んでるから」
「こいつってさ、たぶん地属性の芋虫だから、ランドウォームって名前なんだよね」
 ザックスは素直に、だろうな、と頷く。
「どうして、ランド『ワーム』じゃないんだろう。発音おかしくない?」
「……おまえ、けっこう冷静だな」

作品名:潜熱のゴールデンサンズ 作家名:ひより