月がとっても碧いから
この前ふらりと訪ねてきた前田慶次が恋の話をしていた。
普段色恋ごとに疎い真田幸村であるが、あまりにも熱く語る慶次の話で「恋」というものに興味がわいてしまった。
慶次の話で幸村の頭で理解できたのは、誰かを好きになると会いたくなったり、いつもそばにいたいと思ったりするらしいということ。
後は押しの一手。実際のところは経験がないので良く分からない。いつもならば「旦那もそのうちわかるようになるよ」などと言ってくれる彼の従者である忍、猿飛佐助は任務のため幸村のそばにはいなかった。そして幸村の苦悩の日々がはじまる。
今日の政務も何とか終わり、そろそろ休もうと寝床に入ったがなかなか寝付けない。
――― わからぬ。俺がいつもそばにいたい人・・・わからぬ。お館様のおそばにはいつもいたいと思うが、ちとそういうのとは違う気がする。―――
お館様を対象に考えるあたりからしてずれているのだが。そんなずれた所から始まってしまった考え事は、果てしなく間違った方向へと進んでいく。
――― こんな時に佐助がおれば。いつも俺を支えてくれるのに、こんな時におらぬとは・・・。そういえば佐助とはここ一月近く会っておらんなぁ。お館様の命で各地をまわっておるのだから仕方ないのだが。元気にしておるだろうか。―――
いつもはあれやこれやと世話を焼く佐助が傍にいない。はじめは「俺とて佐助がいなくてもなんとかやれるのだ。佐助が帰ってきたら自慢しなくては。」などと思っていた。しかし幸村が頑張れば頑張るほど女中達の仕事は増えていった。申し訳ないと詫びる主に「なに言ってるんです。若様頑張ってらっしゃるではないですかー。」などと言ってにこにこと後始末をしていく。武田の者は皆幸村にあまい。
――― ほんとに俺は佐助がおらぬとだめだ。―――
己の不甲斐なさに暗く沈んでしまう。急に寂しさが浮上してくる。普段はちょっとうるさいと思っていた佐助の小言さえ懐かしい。
そう思ったとたん佐助の事すら懐かしく思えてきた。あの飄々とした態度。あの独特な話し方。俺だけに見せるあの笑顔。それが今そばに無い事が、佐助がおらぬことがこんなに寂しいなんて思いもよらなかった。今すぐ声が聞きたい。どうしようもなく声が聞きたい。
――― 佐助に、会いたい。―――
――― そうだ。俺は佐助に会いたいのだ。佐助に傍にいてもらいたい。いつも声の届く所にいたい。―――
そこまで考えたら急に体が熱くなった。
「うぅおぉぉぉぉぉ」
訳の分からない叫び声とともにすごい勢いで寝床から抜け出し戸を開け放つ。空には青白い月が昇っていた。その月さえどことなく佐助を連想させる。胸が苦しい。肩で息をつきながらこの感情はなんなのかと考えるが答えが見出せない。
叫び声を聞きつけて何事かと駆けつけた側仕えたちが何か言っているが耳に入らない。
――― もしかして、俺は・・俺は、さ、佐助が・・好きなのか?
いや待て。俺は男だし佐助も男。だがっ ―――
なんだか苦しくてたまらない。息ができない。突然浮かんだ自身の考えに衝撃が大きすぎ意識はそこで途切れ、幸村の体は崩れ落ちた。
幸村が倒れたという知らせは直ちに武田信玄の元まで届いた。普段から元気の塊のような幸村が倒れたとあって、屋敷中大騒ぎとなってしまったのだ。
「幸村らぁぁぁあああああああっ」
信玄は幸村の自室の戸を勢いよく開けて、部屋の中へと入ってきた。――夜も更けてきた刻限だというのに、本当にうるさい主従であるがそれを注意する人物が今日はいない。――
信玄が部屋に入ると、そこには顔を赤くしてなにやらうわ言を漏らし横たわっている幸村の姿があった。既に薬師や医師などは呼ばれていたようで、幸村の周りで脈をみたり、なにやら難しい顔をして話し会っていたが信玄の前にみな平服する。幸村の脇に腰をおろしまずは労いの言葉をかける。
「かような刻限にみなすまんのう。して、どのような加減じゃ」
「はっ、少し脈が早いように思われますが熱などはなく、他に変わった所もあ
りませぬ故今のところは大事無いかとは思いますが・・・」
なんとも歯切れの悪い答え方だった。今のところはということは後々には大事に至るというのか。医師たちも困った顔で見合わせている。普段元気な者がいざ病になると大病を患うという話もある。もしや幸村も大病を患ってしまったのではないか。そこのところを聞いてみると医師等からは思いもよらない返事が返ってきた。以前町で同じような症状を診た事がありますが、必ずしも幸村様がそれと同じ病であるとは限りませんが、と前置きをされ。
「おそれながら、以前診た者の病は〝恋わずらい〝でございました」
なに?幸村が恋わずらい?
横たわる幸村に半信半疑で視線を戻した信玄は、幸村が何かうわ言を言っていることに気がついた。
よく聞いて見ると、とぎれとぎれではあるけれど、それは人の名前であった。
端のほうに控えていた忍隊に向かい命じる。
「佐助を呼び戻せ」
「は、」と短く返答し音もなく忍が姿を消す
そして甲斐の夜は更けていく。空には碧く光る月だけが浮かんでいた。
普段色恋ごとに疎い真田幸村であるが、あまりにも熱く語る慶次の話で「恋」というものに興味がわいてしまった。
慶次の話で幸村の頭で理解できたのは、誰かを好きになると会いたくなったり、いつもそばにいたいと思ったりするらしいということ。
後は押しの一手。実際のところは経験がないので良く分からない。いつもならば「旦那もそのうちわかるようになるよ」などと言ってくれる彼の従者である忍、猿飛佐助は任務のため幸村のそばにはいなかった。そして幸村の苦悩の日々がはじまる。
今日の政務も何とか終わり、そろそろ休もうと寝床に入ったがなかなか寝付けない。
――― わからぬ。俺がいつもそばにいたい人・・・わからぬ。お館様のおそばにはいつもいたいと思うが、ちとそういうのとは違う気がする。―――
お館様を対象に考えるあたりからしてずれているのだが。そんなずれた所から始まってしまった考え事は、果てしなく間違った方向へと進んでいく。
――― こんな時に佐助がおれば。いつも俺を支えてくれるのに、こんな時におらぬとは・・・。そういえば佐助とはここ一月近く会っておらんなぁ。お館様の命で各地をまわっておるのだから仕方ないのだが。元気にしておるだろうか。―――
いつもはあれやこれやと世話を焼く佐助が傍にいない。はじめは「俺とて佐助がいなくてもなんとかやれるのだ。佐助が帰ってきたら自慢しなくては。」などと思っていた。しかし幸村が頑張れば頑張るほど女中達の仕事は増えていった。申し訳ないと詫びる主に「なに言ってるんです。若様頑張ってらっしゃるではないですかー。」などと言ってにこにこと後始末をしていく。武田の者は皆幸村にあまい。
――― ほんとに俺は佐助がおらぬとだめだ。―――
己の不甲斐なさに暗く沈んでしまう。急に寂しさが浮上してくる。普段はちょっとうるさいと思っていた佐助の小言さえ懐かしい。
そう思ったとたん佐助の事すら懐かしく思えてきた。あの飄々とした態度。あの独特な話し方。俺だけに見せるあの笑顔。それが今そばに無い事が、佐助がおらぬことがこんなに寂しいなんて思いもよらなかった。今すぐ声が聞きたい。どうしようもなく声が聞きたい。
――― 佐助に、会いたい。―――
――― そうだ。俺は佐助に会いたいのだ。佐助に傍にいてもらいたい。いつも声の届く所にいたい。―――
そこまで考えたら急に体が熱くなった。
「うぅおぉぉぉぉぉ」
訳の分からない叫び声とともにすごい勢いで寝床から抜け出し戸を開け放つ。空には青白い月が昇っていた。その月さえどことなく佐助を連想させる。胸が苦しい。肩で息をつきながらこの感情はなんなのかと考えるが答えが見出せない。
叫び声を聞きつけて何事かと駆けつけた側仕えたちが何か言っているが耳に入らない。
――― もしかして、俺は・・俺は、さ、佐助が・・好きなのか?
いや待て。俺は男だし佐助も男。だがっ ―――
なんだか苦しくてたまらない。息ができない。突然浮かんだ自身の考えに衝撃が大きすぎ意識はそこで途切れ、幸村の体は崩れ落ちた。
幸村が倒れたという知らせは直ちに武田信玄の元まで届いた。普段から元気の塊のような幸村が倒れたとあって、屋敷中大騒ぎとなってしまったのだ。
「幸村らぁぁぁあああああああっ」
信玄は幸村の自室の戸を勢いよく開けて、部屋の中へと入ってきた。――夜も更けてきた刻限だというのに、本当にうるさい主従であるがそれを注意する人物が今日はいない。――
信玄が部屋に入ると、そこには顔を赤くしてなにやらうわ言を漏らし横たわっている幸村の姿があった。既に薬師や医師などは呼ばれていたようで、幸村の周りで脈をみたり、なにやら難しい顔をして話し会っていたが信玄の前にみな平服する。幸村の脇に腰をおろしまずは労いの言葉をかける。
「かような刻限にみなすまんのう。して、どのような加減じゃ」
「はっ、少し脈が早いように思われますが熱などはなく、他に変わった所もあ
りませぬ故今のところは大事無いかとは思いますが・・・」
なんとも歯切れの悪い答え方だった。今のところはということは後々には大事に至るというのか。医師たちも困った顔で見合わせている。普段元気な者がいざ病になると大病を患うという話もある。もしや幸村も大病を患ってしまったのではないか。そこのところを聞いてみると医師等からは思いもよらない返事が返ってきた。以前町で同じような症状を診た事がありますが、必ずしも幸村様がそれと同じ病であるとは限りませんが、と前置きをされ。
「おそれながら、以前診た者の病は〝恋わずらい〝でございました」
なに?幸村が恋わずらい?
横たわる幸村に半信半疑で視線を戻した信玄は、幸村が何かうわ言を言っていることに気がついた。
よく聞いて見ると、とぎれとぎれではあるけれど、それは人の名前であった。
端のほうに控えていた忍隊に向かい命じる。
「佐助を呼び戻せ」
「は、」と短く返答し音もなく忍が姿を消す
そして甲斐の夜は更けていく。空には碧く光る月だけが浮かんでいた。
作品名:月がとっても碧いから 作家名:pyon