ようかいもの(仮)
音もなく。
光もない。
この凍えた常闇は永久に続くものだと思っていた。
危のうございますよ。
震える共の声をそっと手で制して、小さな人影は石造りの急な階段をゆっくりと下った。
一段一段。歩みを進める度に冷やりとした冷たい空気と、ぴりぴりと肌を刺す強い気配を感じる。
草履を履いた小さな足がじり、と最後の石段を擦って止まる。暗く澱んだ地下の気配とは真逆な、静謐な気を纏った少年は軽く呼気を整えると目の前にある人屋の戸に手を伸ばす。
木造のそれに指先が触れるか触れないかというところで、進入を拒むかのようにばちりと紫電が飛んだ。
「っ!」
弾き返された指先を庇うように空いた手で包み込み、少年は大きな黒い瞳でくるりと辺りを見回す。そして目的のものを発見すると、口の中で何事かを唱えそれ―――格子の戸に張られた札―――に手を伸ばした。
細い指先が軽く触れると札は蒼い炎に包まれあっという間に跡形もなく消え去った。
途端。先ほどまでとは比べ物にならないくらいの強力な気が少年を襲った。肌を刺す、なんて可愛らしいものではない。対峙するだけで魂を焼かれるような強烈な。純粋な、殺気だ。
押し返されそうになりながらも、少年はじりじりとその足を進める。
常人ならば耐えられない重い空気の中。戸に手を掛ける少年の口元は、……微笑を描いていた。
牢の中はさしたる広さはない。入り口側以外の三方は岩で囲まれており、正面の壁の下に蹲る影が一つ。
鈍色の鎖に四肢を封じられ、うな垂れるそのこうべの金色の髪のみが闇の中にぼんやりと浮かんで見える。身を包む衣は擦り切れ、死んだようにぴくりとも動かないその人影の傍らに、少年は膝をついた。
「あの……、」
面を伏せるその顔に、そっと手を伸ばす。
「僕の声、聞こえますか?」
こたえは言葉ではなかった。獣のような唸り声と共に鎖に封じられたままの腕が振りかぶられる。
しかしながら、それが少年のちいさな頭に届くより先に、青白い光が拳を跳ね返した。
「っ!?」
飛び散るあかい血飛沫。それを目にして顔色を変えたのは傷ついた当人ではなく少年のほうだった。
「ごめんなさい!」
なんだか勝手に防御しちゃうみたいで。そう言って血に塗れた拳を両の手でそっと包み込み捧げ持つと、微塵の躊躇いもなく唇を寄せた。
小さな舌が流れ出る血を舐め取っていく様を、驚きに見開かれた金の瞳が凝視する。
「……何なんだ、お前」
掠れた声の問いかけに、少年は嬉しそうに微笑んだ。やっとこちらを見てくれた、とでも言うように。
「静雄さん」
名を呼ばれたのは幾年ぶりの事であろうか。静雄と呼ばれた男は視線のみではなく面を上げて、真っ直ぐに少年と向き合った。
「僕は、竜ヶ峰帝人といいます」
光もない。
この凍えた常闇は永久に続くものだと思っていた。
危のうございますよ。
震える共の声をそっと手で制して、小さな人影は石造りの急な階段をゆっくりと下った。
一段一段。歩みを進める度に冷やりとした冷たい空気と、ぴりぴりと肌を刺す強い気配を感じる。
草履を履いた小さな足がじり、と最後の石段を擦って止まる。暗く澱んだ地下の気配とは真逆な、静謐な気を纏った少年は軽く呼気を整えると目の前にある人屋の戸に手を伸ばす。
木造のそれに指先が触れるか触れないかというところで、進入を拒むかのようにばちりと紫電が飛んだ。
「っ!」
弾き返された指先を庇うように空いた手で包み込み、少年は大きな黒い瞳でくるりと辺りを見回す。そして目的のものを発見すると、口の中で何事かを唱えそれ―――格子の戸に張られた札―――に手を伸ばした。
細い指先が軽く触れると札は蒼い炎に包まれあっという間に跡形もなく消え去った。
途端。先ほどまでとは比べ物にならないくらいの強力な気が少年を襲った。肌を刺す、なんて可愛らしいものではない。対峙するだけで魂を焼かれるような強烈な。純粋な、殺気だ。
押し返されそうになりながらも、少年はじりじりとその足を進める。
常人ならば耐えられない重い空気の中。戸に手を掛ける少年の口元は、……微笑を描いていた。
牢の中はさしたる広さはない。入り口側以外の三方は岩で囲まれており、正面の壁の下に蹲る影が一つ。
鈍色の鎖に四肢を封じられ、うな垂れるそのこうべの金色の髪のみが闇の中にぼんやりと浮かんで見える。身を包む衣は擦り切れ、死んだようにぴくりとも動かないその人影の傍らに、少年は膝をついた。
「あの……、」
面を伏せるその顔に、そっと手を伸ばす。
「僕の声、聞こえますか?」
こたえは言葉ではなかった。獣のような唸り声と共に鎖に封じられたままの腕が振りかぶられる。
しかしながら、それが少年のちいさな頭に届くより先に、青白い光が拳を跳ね返した。
「っ!?」
飛び散るあかい血飛沫。それを目にして顔色を変えたのは傷ついた当人ではなく少年のほうだった。
「ごめんなさい!」
なんだか勝手に防御しちゃうみたいで。そう言って血に塗れた拳を両の手でそっと包み込み捧げ持つと、微塵の躊躇いもなく唇を寄せた。
小さな舌が流れ出る血を舐め取っていく様を、驚きに見開かれた金の瞳が凝視する。
「……何なんだ、お前」
掠れた声の問いかけに、少年は嬉しそうに微笑んだ。やっとこちらを見てくれた、とでも言うように。
「静雄さん」
名を呼ばれたのは幾年ぶりの事であろうか。静雄と呼ばれた男は視線のみではなく面を上げて、真っ直ぐに少年と向き合った。
「僕は、竜ヶ峰帝人といいます」