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すみびすみ
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novelistID. 17622
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大宮サンセット(仮)

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傾き始めた日が穏やかな赤を落とし、昨日よりもいくらか高くなったように見える空に薄い雲が連なって浮かぶ。真昼の日差しの強さと明るさが嘘のように、静かに、流れる風が心持ちひんやりしていた。
工場を出てすぐの交差点を曲がった後の帰り道はしばらく直線だ。右側にはこの辺りでいちばん大きな工場敷地の高い白壁が、道に沿ってこれもまたまっすぐに続いている。
壁と、途切れ途切れのガードレールの間を、一人歩く。
はるか向こうの切り取られた視界のなかから煙が一条、伸びて、空の雲と合わさるのが見えた。遠くからは重みのある音が際限なく響いている。ケイスケがこうして家路を行く中でも周りは確実に働いているのであって、その様子をいま見ることがかなわない自分も日によってはこういう夕暮れの下を逆方向に歩き、夜通し働いて朝方に帰ることもざらなのだが、今日に限っては特に残るような忙しい仕事がなかったのだった。
「……」
話すこともなく家路を歩くことはこうも退屈なのか、そう思って、今の様子といつものそれがそう大して変わらないことに気付いた。行く仕事先と帰る家をともにする彼の幼馴染はあまり饒舌ではない。こちらから何か言えば必ず何か返してくれるが、基本的に必要な返事と必要な問いしか口にせず、帰り道の大半をふたり黙ったまま並んで歩くことの方が多かった。いわゆる他愛のない話を楽しむことに不得手なのか、興味がないのか、どちらかはわからないが、両方ではないだろうかと、ケイスケは思う。ある日、半分ふざけて抱きついてみたことがあったが、その時はものすごい勢いで振り払われたうえ激しく蹴られた。それはそれでケイスケにとっては楽しいやり取りと思えないこともなかったのだが、このときの幼馴染が心底驚いた顔をしていたのでそれ以来同じことをするのはやめた。
そういうわけで外観的な状況はいつもと変わらないのである。だが自分ひとりの心中はだいぶん違っていることをケイスケは自覚していた。どうにも落ち着かない。今のように彼と毎日顔を合わせることもなく、たまに会うたびに言葉を詰まらせてそわそわとしていたほんの一、二年前までの様子とは全く逆なのであった。彼は大丈夫だろうか、と思った。幼いころから途切れ途切れに交流を続けてきた月日のうちかなり長いあいだ、ほぼ完璧と言っていいほどの輝かしいイメージをもって幼馴染を眺めてきたが、この土地で暮らすようになって、共にいる時間が急激に増えてから、彼が冷静さを欠いたり、自分とは別方向の不器用さを発揮したりする場面を見ることが意外に多かった。工場長にどやされた彼が素直に謝るさまは、ちょっとしたカルチャーショックをケイスケに与えもしたものだ。
ここ数日はふたりとも早く上がれることが多く、部屋までの同じ道のりを一緒に帰っていたのだが、今日に限っては新人の指導に付き合うと言っていた。それ自体は大したことではないだろうが、長く持ち続けた彼への印象がまだ抜けきっていないだけに、自分の知らないところで知らない仕事をする彼を案じる気持ちも過剰に働く。同時に、生き死に以外のところで彼を心配している自分に対して、もう何回目かのことであるが、へんな感触をおぼえた。
これが並んで生きるということなのだろうか。遠い背中を追い続けてきた過去の、憧れや思慕というべき心持ちとは違う、今の幼馴染へ抱く感覚は、自分にとってだいぶん望ましいものだと思えた。今は忘れ去られ荒れ果てたあの街で、彼と、名前を知らないたくさんの人間に軽からぬ罪を犯してきたことについて、自分の身体に一生消えない傷をつけたことについて、その事実から逃げずに一生を暮らす覚悟を決めた、自分のこれからにとって、ふさわしい心構えなのではないかと感じる。
自分は強くなったのだろうか、それにしては、いまひとつ実感がわかないようにも思えるけれど。
頬をかすめる涼しい風が、するりと流れて、やんだ。歩みを止めて、彼がいるだろう町工場の方向を見たが、視界の下半分はまだ白い壁で遮られて見えない。その境界線からだんだんと、空の赤に暗い色がしみこんできているのだけがわかった。
振り向くと、その反対側には、自分の影が黒く長く伸びる。
次の瞬間には何も考えずに歩き出していた。高くなった心拍数が聞こえないように、夜に染まっていく空を見ないように、足を速める。彼のいるところに戻ろうか、一瞬そう思ったが、家に向かう姿勢のまま動いてしまったので方向をかえることができなかった。
帰り道をもう半分以上過ぎている。部屋に着く方が早い。それに、もし今、彼に出会ってしまったら。
忘れ去ったはずのあの日の感情が去来するのを感じていた。今まで何度も、ふと前触れなしに思い出しては、あふれ出さないように増殖しないようにと恐れながら、再びしまいこまれるのを待つ、そんなことを繰り返してきた。それは何度も目をそらしてもなくなることはなく、時とともに薄れていっているのか、それとも強くなっているのか、もうわからない。ただ波のように訪れるそれが引いていくのを待つことしか、ケイスケにはできない。
今ここに彼がいないことへの苛立ち、焦り、不安、もろもろの感情が身体の奥で重く渦を巻くのを、見ないように、意識しないように、努めて心を落ち着けながら歩いた。
呼吸が早くなっていく。それに合わせて歩みの間隔も無意識に短くなっていった。この壁の果てまで、あと少し。白い目隠しが途切れて、左に曲がればすぐ帰るべき部屋に辿り着ける。そうしたら彼が帰ってくるまでひとりでいればいい。何も見ずに、ひとりで。時間がたてばこの不安もおさまるだろう。
不意に、どこからか声が聞こえた。
遠いその声は何と言っているかよくわからない。気のせいと思ってそのまま歩くと、数秒おいたのちにもう一回同じ調子で聞こえてきた。立ち止まって耳を傾けようとしたがどうしてもできなかった。
前へ踏み出す足は勢いを緩めずに動く。
「……ケイスケ!」
ひときわ強い声が、誰もいない道に凛と響いた。打たれるように動きを止めて、その音を一瞬、たしかめた。自分を呼ぶ声。その声の主をこの目にとらえるために、身体は誰にも命じられず、意識とは別のところで振り向いた。
「アキラっ」
背後の幼馴染は当然、暗闇にも揺らぐことなくしゃんと立っているものと思った。自分から少し距離をおいて、夕日に照らされながら、少し不機嫌そうな表情を浮かべて。だが、いま自分の目の前にいる彼は少し屈んで息を切らし、眉根を寄せて苦しそうにしている。ここまで走ってきたのだろうと、すぐわかった。
「アキラ、大丈夫?…どうしたの?」
たずねるとアキラはばっと顔を上げ、睨むようなまなざしでこちらを向いた。その勢いに思わず後ずさる。そうしながらケイスケは、赤い光の中に立つこの幼馴染の強い瞳を、綺麗だと思った。
「…それは、こっちの台詞だ…」
「え?」
言っていることがわからずに首を傾げる。幼馴染は少し眉間の皺を強くすると、低い姿勢のまま間をとって、呼吸を落ち着けた。
「さっきから呼んでるの、気付かなかっただろ、お前」
「…うん」
アキラが身を起こした。自分よりわずかに低いところから、いくらかゆるんだ視線が向けられる。荒れた呼吸の終わりに、一つ息をついた。
「お前、……」
作品名:大宮サンセット(仮) 作家名:すみびすみ