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すみびすみ
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novelistID. 17622
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KGが上田城で一目惚れを使ったようです

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加賀百万石を治める戦国最強のおしどり夫婦、前田利家とまつがはるばるとこの信州は上田城にやってきたのは昼過ぎのことである。
急ぐ用であると見えたが、佐助の主人であり城の主である真田幸村は、客人であるところのこの二人をひとまず中に上げて話をきくことにした。佐助は武田の屋敷に出向いて所用を済ませようと思っていたところだったが、出発を一時打ち切ってそれに付き合った。
夫婦を迎えた若き主は、以前戦場で相見えたときのように、めおとで戦とははれんちである、と喚くことはしなかった。戦国最強夫婦の名が西国のみならず、京を目指すこの武田軍の兵達の耳にもちらほらと入るようになってきて、特に妻であるまつにおいては、男顔負けの武芸や作る兵糧が自軍の士気上昇に大きな効果をあげていることなど、幸村も多少興味深く聞くところだったのである。
薄暗い座敷につつましく座したまつの隣でどっかと胡坐をかいた利家は相も変わらず裸同然の格好をしていたが、形良く正座し向かい合う小袖姿の主はそれをとがめるような人物ではなかった。
「して、用向きは何にござるか」
いつになく静かに幸村は口を開く。戦場でこそ上半身の露出が大きい奇抜な装束に身を包み、常に何かを叫びながら走り回り、ことある毎に雄叫びをあげ、四方に文字通り炎を撒き散らす、そんな騒がしさと暑苦しさがこの青年の持ち味であったが、城主として、または武田の家臣として振る舞うべき際は場をわきまえ、落ち着きと礼を欠かすことはない。
それにしてもこの声色の低さというか、しずかさはあまり見たことがない、と佐助は思った。
どこかの誰かが言っていたてんしょん、ということばはこういう時に使えるのだろうか。
利家はうん、と頷いた。
「うちの慶次のことなんだが」
聞いた瞬間、膝の上におかれた主の拳がかすかに動いたのを佐助は見逃さなかった。
曰く、前田の風来坊にして夫婦の甥、喧嘩と恋の噂あらばどこなりとも出没すると有名な前田慶次がまた悪い癖を出して、夫婦に告げずにふらりと出ていってしまったらしい。
夫婦は大いに慌て、また憤り、特にいつになっても遊びほうけている甥っ子をその都度案じて叱り付けていたまつは心配と腹立たしさでいてもたってもいられず、即座に連れ戻しにかかることにした。
居場所の知れぬ風来坊を探し、慶次の行きそうな場所、好みそうな場所を尋ねて全国津々浦々を旅するうち、この上田城に辿り着いたのだという。
いくら神出鬼没で風の向くまま気の向くままとはいっても縛られるところが全くないわけではないだろうし、いつもの悪癖でふらりと家を出て行ったなら、手持ちが底をつくなり腹が減るなりすればまたふらりと戻ってくるのがあの男の常なのではないか、と、まだ回数としては乏しいが最高に鮮烈なその印象を浮かべて、佐助は思った。加賀の領主や織田の家臣としての務めだって軽くはないだろうに、この二人がそれらを放り出してまで旅に赴かなければならない道理は、実はそんなにないのだ。
少しまばたきをして、幸村が答えた。
「慶次殿ならば、確かに来られた」
ほんとうか、と利家が身を乗り出すので幸村はわずかにびくりとした。隣のまつも大きな目を真ん丸に見開いて、姿勢こそ変えないものの早く続きを聞きたそうにしている。
つまるところ夫婦共に甥っ子のことが気がかりで仕方がないのである。姿を消したとあればすぐに追いかけて居場所を確かめねばおちおち飯も食えない、そこには諫める気持ちも多少含まれているだろうが、そんな夫婦の案じる気持ちをあの男は今ひとつ理解していないと見える。まったくよくやることだ、と佐助は双方に対して半ば呆れのような気持ちになった。
「それでは、おもての壊れ具合は、やはり慶次の」
まつがぽつりと呟く。
幸村は左様、と一言だけ答えた。が、向かい合った二人が揃って深刻かつ真っ直ぐな瞳で事の仔細をせがむため、短く息を吐いて、静かに続けた。
「…慶次殿は、まず名も名乗らず喧嘩を仕掛け」
ごくり、という音が二重に聞こえた。
「次に、有無を言わさず、佐助を一発ぶん殴り」
二人の悲壮な視線が一気にこちらを向いたので、佐助は愛想笑いで返した。
「そして、この城内を散々荒らしまわった挙句」
言い終わらぬうちに利家は手のひらを額に当て、まつは目を閉じうつむいて、二人同時にああ、と大きく溜息をついた。見ているうちにいたたまれなくなってくる。
「最後に、…」
続きを言いかけて、口をつぐんだ。今にも土下座しそうな勢いの夫婦はもうそれに目をとめなかったが、幸村は逡巡したようだった。唇を少しかみしめ、両目をぐるりとまわし、拳をかたく握りなおしたのち、
「最後に、蕎麦を食してどこかへ行かれた」
ぶつりと言葉を切るようにして締めくくった。その瞬間座敷は溜息と嘆きで満たされ、ものすごい勢いで額を床に擦り付ける利家と、菓子折りの準備に思いをめぐらし始めたまつを落ち着かせるのにかなりの時間を要した。

「本っ当に、うちの慶次がすまないことをした」
元が精悍な顔であるだけに、ハの字眉毛を浮かべて謝るさまは余計に情けなさが漂っていて、門前で何度も何度も振り向く利家に幸村は一言、うむ、と返すことしかできなかった。しかし、構わぬとか気にするななどとは決して言わない。
「取る物もとりあえず出て参りましたゆえ、こたびはお詫びすることがかないませぬ。代わりにもなりませぬが、これを」
と言ってまつが手渡した京都銘菓の包みも、しっかり確保している。後日また騒ぎの張本人も伴って詫びに来るという夫婦に、幸村はもごもごとして、
「そなた達とはまたゆっくりと話もしとうござる。今回のことが済んだら、いつでも客人として来られるがよろしかろう」
という返答を、やっとひねり出した。
できたら二人だけでね、と佐助は心の中で付け足したが、実にいい笑顔でそれに応えて去っていった戦国最強夫婦には、その思いは伝わっていないことだろう。
二人の姿が見えなくなっても、幸村はしばらく門前に立っていた。
夏の昼間の強い日差しが、木々の高い枝に茂った葉の向こうから差し込んで、幸村と佐助にまだらを落とす。
「さあ、戻ろうぜ、旦那」
「うむ」
幸村は答えたが、夫婦の去った方向を真っ直ぐに見つめたまま視線を動かさず、そのままでいる。横に立って顔を見ると、頬に貼った大きな絆創膏が、少しはがれていた。
「どうしたの、旦那」
思わず手を伸ばして直し、尋ねたが、今度は答えない。遠くに向けていた眼はだんだん正体をなくして、虚ろを見ているようにもなってきた。
遠くで鳥の鳴き声がする。
「…佐助」
「うん?」
幸村が目を閉じた。
「俺は、利家殿とまつ殿にしか己の言葉をかけることができなかった」
言っている意味がよく分からない。
「慶次殿に対し何という言葉を発し、何をすべきか、俺には皆目見当がつかない」
「…はあ」
拳を握り締め、心底苦悩した顔で主は呟く。まったくどこまでも真っ直ぐで生真面目なんだからなあ、ああいう常識の通じない相手に義理や道理で対応しようとしても無駄だからとりあえず感覚を頼りにするしかないんだよ、ということを、どうやったら分かりやすく主に伝えられるだろう、と佐助は思案し始めた。