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めかくしセカイ

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十一月〜「記憶」そして「再会」〜


 
 [記憶]


 利吉は息を切らしながらも、速度を落とすことなく森の中を駆け抜けていた。
「いたぞ!追え!」
「逃がすなよ! 必ずひっ捕らえて殿の前に連れ出せ!」
「周囲を警戒しながら進め! どこぞやに隠れているかもしれんぞ!」
 背後から利吉を追うは、依頼主の敵対する大名家に仕える武士たちである。人数は数えていないが、十はいるだろう。依頼を遂行しようとした際に、偶然城の小間使いに見つかったのは不運だとしか言いようがなかった。
「ちっ、しぶといな……」
 利吉は後ろの気配を探り、いまだにしつこく追い縋ってきていることを察すると、小さく舌打ちをした。森の中に入ってしまえば簡単に巻けると思っていたが、どうやら相手を見くびっていたようだ。思っていた以上に忍びを相手にすることに慣れている。ここまでくる途中で宝禄火矢も煙玉も撒菱も使い果たしてしまった。隠れ蓑の術につかう布も、逃走の際に脇腹を掠った弓矢による出血で汚れてしまっている。残っているのは苦無一本と己の身のみだ。どこまで逃げ切れるだろうか。
 いや、逃げ切って見せる。
 利吉は強く胸の内で呟いた。自分には待っている人たちがいる。誰よりもまず会いに行く約束をした情人がいる。彼との約束を果たすまで、ここでみすみす捕まるわけにはいかない。
 利吉は疲労で鈍くなり始めた足を叱咤し、さらに大きく力強く駆けた。木の枝が頬を擦り、腕や足を引く。その全てを無視し、利吉はただ駆けた。
 そうしているうちに、目の前が開けてきた。木々の合間から空に浮かぶ丸い月が見える。どうやら森を抜けるようだ。はたしてそこが天国か地獄かは解らないが、利吉は祈るような気持ちで足を進めた。
「とまれえ!その先は崖だ!」
 遠くから武士が叫ぶ声が聞こえる。それと同時に、数歩先から地面が失われていることを目視し、利吉は反射的に足をとめた。間一髪というところで踏みとどまったが、見事に追いつめられてしまったわけである。神や仏がいるならば、利吉はその無情さを謗りたい気持ちであった。
「観念しろ! 依頼主さえだれか吐けば殺しはせぬ」
「嘘だな。お前たちの殿の噂は聞いている。館に忍びこんだ曲者をみすみす逃すような男ではないだろう」
 ふんと鼻を鳴らし、指摘する。死が間際にあるというのに、利吉の心は不思議と平静のままであった。半助が待っている限り自分が死ぬわけがないという確信が、このような窮地でも心を宥めてくれる。
「ならどうする? ここで崖に落ちるか?」
「できれば逃がしてもらいたいものだが」
「それは出来ぬ相談だ」
「だろうな」
 憎まれ口を叩きながら、利吉は思考をフルに回転させていた。この状況を脱するためにどうすれば最善か。敵の数は十数人。一人で突破できる数ではない。そして後は崖。先程ちらりとのぞいた限りでは、下に川が流れているものの、随分と底が深い。助かる確率は高くないだろう。
「いいから、とっとと諦めろ。もしやするとお前は顔が良いようだから、殿に気に入られるかもしれぬぞ」
 下卑た笑いがどっと沸く。そちらの噂も聞いてはいたが、知っていたからとはいえ、自分がその対象として揶揄されればいい気分ではない。利吉は露骨に嫌悪感に眉を顰めながら、再び背後の崖を一瞥し、それから自身の装備を思い返した。苦無一本と、隠れ蓑の術用の長い布。そして己の身。
 利吉は静かに目を閉じ、それからすぐに目を開けた。深く息を吐く。
「悪いが、私は理想が高いんだ。断らせてもらおう。……それでは、私は帰らせてもらうぞ」
「! なにっ!」
 利吉はすばやく身をひるがえし、懐から布を取り出した。四隅を苦無で貫き、即席のパラシュートを作る。こんな骨組みもないものでは体重を支えられない事は解っていたが、ないよりはマシだろう。
「まさか、おい、待てっ!」
 背後からかかる声に返答せず、利吉は地を蹴った。体が重力から解放された感覚に襲われる。
「くそっ、逃がすかっ!」
 武士の一人が崖へと飛んだ利吉へ向かい、持っていた手やりを投げた。それは利吉の肩を貫き、体制を著しく崩させることに成功した。
「っう!」
 熱を孕み、痛む肩に手を添えながら、頭から川へと落ちていく。利吉は衝撃に備えて目を強く瞑りながら、頭の中にはただひたすらに、愛しい彼の姿を思い描いていた。


 

 体が落下する感覚にビクリと体を震わせ、利吉はカッと眼を開いた。ぐるりと目線だけであたりを見渡す。森はなく、そこにあるのは乱雑に散らかる自室であった。
「今の夢は……」
 ゆっくりと体を起こし、もはや慣れてきた頭痛を宥めながら夢を思い返す。谷底へと落ちていく感覚はあまりにもリアルだった。いまさらながら冷や汗がどっと全身から出る。
 体調を崩して早引きしたあの日以来、半助はぱったりと店へ姿を現さなくなった。もう二週間は前になる。その代わりというように、利吉は毎日、夢を見るようになった。内容はもちろん、半助と同じだろうものである。その夢は夜の睡眠時に限らず、講義中や電車の中のちょっとした居眠りの時ですら現れた。時には一つの夢から連鎖的にほかの事を思い出す事すらあった。大慌てで記憶を取り戻しているかのように利吉には思えるのだが、正しい事は良く分からない。ひとつ解るのは、夢を見ていくにつれ、頭痛が段々と弱くなってきていることだけだ。
 そういえば、以前に酔っ払った半助が言っていた『安藤先生』なる人物のことも夢を見続けるさなかで知った。おそらく、あの恰幅が良く少々嫌味な人物で間違いないのだろう。夢の中の自分は関係者ではあるが、あくまでも学園の中の人間ではないのであまり詳しくは知らないが、『土井先生』と仲が良くなかった事は知っていた。さらに言えば、半助の猫であるきり丸の由来も解った。自分が名前を聞いた時に、なんとなくがめつい印象を受けた事にも納得である。やはり夢で見るくらいだから、潜在的に知っていたのだろう。
 とにもかくにも、半助に会いたい、と利吉は思う。
 会って、話がしたい。夢の中で確かに『土井先生』には会えるのだが、それはひたすらに現実の彼への思慕を募らせるだけだった。会って、話して、そしてこの思いを伝えたい。たとえ拒絶されても、今の熱情を持て余した状態よりはマシに思える。それに、夢についても、今度はちゃんと腹を割って正直に話し合いたい。ただ一つ、このまま会わずに関係を風化させることだけは絶対に嫌だ。
「……やっぱり、会いに行くしかないか」
 カレンダーへと視線を向けながら、つぶやく。
 今日は金曜日。以前と同じならば、半助は遅くとも八時には家につくだろう。相手が来ないならば、自分から行くしかあるまい。そういえば夢の中でも、互いの仕事柄もあって、彼のもとへと足を運ぶのは概ね自分のほうだった。そう思うと、途端に彼のほうから会いに来る事を待っていた自分が不思議に思えてくる。半助はあまり能動的ではない、どちらかというと受動的な人間なのだ。待っていては始まらないではないか。
「よし」
 小さく呟き、利吉は立ち上がる。
作品名:めかくしセカイ 作家名:和泉せん