めかくしセカイ
「そういえば、利吉くん。君って夢占いって信じるかい?」
「どうしたんですか、急に」
唐突な話題転換に、利吉がきょとんとした表情で半助を見た。流石に強引過ぎたかなぁと思いながらも、話を続ける。
「いやあ、それが最近ちょっと変な夢を見るんだよ。ほら、夢ってなにかを暗示しているって言うだろう? もしかしたら意味があるのかなあと思ってね」
「どんな夢なんですか?」
「端的に言ってしまえば、忍者になっている夢、かな」
「忍者……?」
怪訝そうに眉を顰めた利吉に対し、苦笑交じりに頷く。
「そう、忍者。しかも忍者になってまで先生をやっているんだよ。自分でも随分子供心にあふれた夢だなあと思うんだけど、せめて夢の中でくらい仕事から逃げたいんだよねえ」
やれやれと肩を竦めて言う。唖然としていた利吉だが、冗談混じりの半助の言葉に小さく笑いを零した。
「それじゃあとれる疲れもとれなそうですね」
「だろう? おかげでその夢を見た朝はげんなりだよ。君もこういった変な夢を見ることはないのかい?」
「ないですねえ。私は昔からほとんど夢を見ないんです。もし夢を見たとしても、なんでか翌朝ひどい頭痛になるので、夢の内容なんて忘れてしまうんですよ」
「珍しい体質だなあ。言ってしまえば君にとっての夢は偏頭痛の前兆ってことか」
「そうなんです。だから逆に、土井さんみたいに変な夢を見られるのが羨ましくもありますね」
眉を下げて笑う利吉を見ながら、半助は胸中で唸り声を上げた。これはどう判じたものか。利吉の話を聞く限り、夢を見ないというより、覚えられないといった方が正しい。そうなると覚えていないだけで、夢では半助と同じようなものを見ている可能性があるかもしれない。とすると、さきほど利吉が半助に敬語を使われるのに違和感を覚えるといった事にも説明がつく。だが、利吉が肝心の夢を覚えていられないのだから、あくまでそれは半助の推測でしかない。忘れているであろう夢の内容を思い出さない限り、話は前に進みようもないだろう。
「さて、そろそろお暇しようかな。思ったよりも長居をしてしまってすまないね」
半助はひとつ息を吐いてから、時計を一瞥して席から立ち上がった。利吉がつられて時計を見、それから驚いた顔をする。そんなに時間がたっているとは思いもよらなかったのだろう。既に半助が来てから、三十分以上の時間が経過している。
「いえ、店はこの通りの状況なので大丈夫です。私もつい楽しさのあまり悪乗りしてしまいました。すみません」
「それじゃあお互い様ってことにしよう。ええと、値段は五百円だったかな」
「はい」
「よし、ちょうどあった」
財布の中を漁り、五〇〇円玉を取り出して手渡す。利吉が古びたレジを操作し、レシートを半助へと手渡した。
「ありがとうございました。ぜひまた来てください」
「ははは、そうさせてもらうよ。ごちそうさまでした」
最後の言葉は店長に向けたものだ。頭を下げて言えば、店長もまた会釈を返してくれた。それから利吉に挨拶代わりに小さく手を振り、扉を押し開けて店の外へ出た。むわりとした熱い熱気が半助を襲い、おもわず眉間にしわを寄せる。
結局あの夢の謎を解き明かす鍵は、見事に錆び付いていて使えなかった。だが半助は、もはや利吉と『山田利吉』の事は、他人の空似で片づけてしまうのが良いのではないかと思い始めていた。確かに利吉は不思議な青年だと思う。突き詰めれば、何か解る事実もあるかもしれない。だが、解らないかもしれない。そんな不確かな事に、利吉を付き合わせようとは今の半助には思えなかった。利吉とは数十分ほど会話しただけだが、好感を抱くに足る青年だった。普通に常連としてあの店に通うほうが、夢を解き明かすよりも有意義であるように思う。
夢の事は考えないようにしよう。あくまであれは、夢なんだ。
自分にそう深く言い聞かせながら、半助は自宅であるアパートへの帰路をたどった。