ヒーローの泣き言
アメリカが一番こうされたいと願う相手は別にいて、だけど同時にその相手に
だけは絶対にさせない。代わりに、いつからかイギリスには死んでも洩らさな
い泣き言と本音を、もう国の名を背負わない俺にだけ吐き出すようになった。
何の利害も生じない相手とカテゴライズされた俺のところに、時々こうやって
どうしようもなく揺らいだ姿を隠しにくる。そしてほんのちょっとの慰めを得
にやってくるのだ。
手を回したまま艶を失くした金髪を軽く梳くとアメリカはあからさまに肩の力
を抜いて、ふうと長く息を吐いた。
「……守るために戦ってるんだ」
「……何から?」
「全ての悪から」
「………何を?」
「世界を……………それから、」
あの人を、と付け足されたのが俺の胸元に当たる口唇の震動だけで伝わった。
そうかと一言だけ返すとそうだよとまた震動だけで伝えてきた。じわりと熱く
湿ったシャツの胸元から。
俺はまたもや溜め息をついて、今日だけでどれくらい妖精を殺したんだろうか
と本気で思う。モートソグニルにでもなった気分だ。
「面倒くさい奴」
アメリカの頭のてっぺんに顎をのせてわざと大きく口を動かしながら喋ると、
痛いよ、なんてもごもご苦情が聞こえた。話す気力が出てきたんなら回復
の兆しだなと見当をつけて、ぱっとアメリカの頭を離す。
「わっ」
ぐらついたアメリカの鼻先に軽い音を立てて口付ける。目元は少し濡れて擦れ
て赤かったが、さっきほど定まらない焦点をしてはいない。
「泣きやんだな」
「泣いてないよ!」
「そうか?じゃあもうキスは必要ねぇな?」
にっと笑って聞いてやれば、ぐっと黙り込んだ。泣いてる子にはいっぱいのキ
スを、と育てられたらしいアメリカはこんな時は飽きるほどのキスを欲しがる。
それだって一番欲しい奴は別だろうに、と思いながら突き放せない俺は強請
られるまま与えてやるしかない。
「…………いる」
ぽそ、と呟いた言い方に俺は小さく噴き出してしまったから、むくれたアメリ
カにワリィと謝りながら今度は口唇にキスをする。
ちゅ、ちゅ、と何度も繰り返すと段々アメリカからもキスを返すようになる。
ここまでくればもう大丈夫だ。あとはいつものお決まりの台詞。
「さあヒーロー、もっとキスが要るか?それともanother more?」
「…………君の英語はいちいちやらしいんだぞ」
憮然といったアメリカにまたしてもぷっと吹き出した俺をぼすんとソファに押
し倒して乗り上げると、「手当てのお礼をしなきゃね」なんて言うものだから
今度こそ俺は爆笑してしまった。
<ヒーローの泣き言>