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まるてぃん
まるてぃん
novelistID. 16324
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英雄 ~6 years ago~

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剣を突き合わせたふたりの間を、まるで時が止まったかのような静寂が支配する。
どちらも動かず、剣先を相手に向けたまま微動だにさえもしない。

ヘルムートは、トロイの目から一瞬たりとも視線をはずさず。

トロイは、ヘルムートの視線をまっすぐに見返した。

勝負は、一瞬にしてついた。
それまでのまんじりともしない時間が嘘のように、あっけなくヘルムートの手から剣が離れ、地面に乾いた音を立てる。
その音が止み、再びその場に静寂が戻ると同時に、ふたりを取り囲んでいた兵達の間から、わっと歓声があがった。
名高き英雄の名に恥じぬ鮮やかな剣さばきを見せたトロイに、兵達は惜しみない賞賛を送る。
沸き立つ兵達がトロイのそばへと駆け寄っていく姿を見ながら、ヘルムートはその場から動くこともできずに拳を固めた。

完敗だった。

相手が動くと同時に、その剣の軌跡を予想したヘルムートは、紙一重で避けて合間を縫うように渾身の一撃を見舞った。
だが、トロイの最初の一撃はフェイントであり、ヘルムートが繰り出した剣は難なくかわされ、それどころか返す刃で刀身を絡め取られ、弾かれた。
地面にわびしく横たわった剣が、ヘルムートに訴えかけてくる。
自分はいまだにトロイには追いつけていないのだと。
“海神の申し子”とあだ名されるほどの者に、勝負を挑んだのが間違えだったのだろうか?
いや、そうではない。
トロイは確かに“英雄”だ。
勝負に負けた今、それは認めざるを得ない。
だが、決して追いつけない英雄ではなかった。
トロイと剣を交えた時、ヘルムートは確かに彼の人としての体温をその身に感じた。
剣を絡め取る時には視線が動き、剣を弾く時には力が込められる。
それは自分と同じ人間が為す動作だ。
“トロイ”は神でも英雄でもなく、ただの人でしかない。
それならば、追い越せぬ道理があろうか?

今はまだ、確かに追いつけない。だが、未来永劫そうであるとは限らない。

ヘルムートは剣を拾い上げ、刀身を鞘に収める。
視線の先で、トロイが借り受けていた剣を一般兵に返却している姿を認めて、ヘルムートはその場で一礼し、踵を返して彼に背を向けた。
ひとつだけ間違っていたのだとしたら、それは現時点で名を名乗ってしまったことだろう。
自分はまだ、彼に名乗ることさえおこがましかったのだ。
そのことを強く認識して、己の浅はかさを少しばかり後悔する。
だが———、

「ヘルムート」

聞き間違えようのない涼やかな声に呼び止められ、ヘルムートは足を止めた。
振り返れば、やはり無表情を崩さないトロイが、こちらへと近づいてくる。
一瞬、自分の無礼な振る舞いをとがめられるのかと思ったが、予想に反してトロイは手袋を脱ぎ、右手を差し出してきた。
戸惑うヘルムートに向かって、トロイがわずかに相好を崩す。

「いい腕だ。また手合わせを願おう」

周りの兵達の間からどよめきが起こり、ヘルムートはやはり戸惑いを隠せぬままに差し出された右手を取る。
触れ合った素肌から、彼の手のひらがわずかに汗ばんでいるのを知り、ヘルムートは驚いて相手の顔を見返した。
トロイは口元に微笑を浮かべる。

「紙一重だったな」

難なくかわされたと思っていた剣は、だが、トロイの軍服の左袖をわずかに切り裂いていた。
それはかすり傷にもならない傷には違いないが、ヘルムートの剣先が彼に届いていたことを示す紛うことなき証だ。
握手を交わしたあとは、振り返ることなく遠ざかっていく黒い背中を、ヘルムートはまばたきもせずに凝視した。
手のひらには、先ほど力強く握り返された彼の体温がまだ残っている。
その熱が全身を駆け巡り、ヘルムートの心に新たな決意を芽生えさせた。
いつか必ず彼の隣でこの剣を振るおうと。
彼と共に肩を並べて、この国のために戦える日がくることを、ヘルムートは強く願った。


作品名:英雄 ~6 years ago~ 作家名:まるてぃん