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まるてぃん
まるてぃん
novelistID. 16324
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英雄 ~6 years ago~

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訓練所の空気が、にわかにざわつき始めた。
兵達が訓練の手を止め、前方へと向き直る。
無心に剣を振り続けていたヘルムートは、その場の空気が変化したことに一瞬だけ気づくのが遅れた。
周りの兵達に習って正面へと顔を向ければ、想像した通りの人物が場内からこちらに向かって歩いてくる。
心臓が高鳴った。
ヘルムートは食い入るように相手の姿を見つめる。

いよいよだ。
今日こそ、この胸のわだかまりに決着を。

海軍将校の証である黒色の軍服に身を包んだ人物は、この場の訓練を取り仕切る剣術指南役の兵士と二言三言言葉を交わし、正面の壇上へと足をかける。
いまや訓練所内のすべての兵達の視線を受けた年若き英雄は、彼らの熱き眼差しを受け止めてもまったく動じた様子も見せずに、まっすぐにその顔を上げた。
その瞬間、すべての音が消え去った。
しんと静まり返った空間を、トロイの抑揚を抑えた声が響く。
それは何の変哲もない挨拶と激励の言葉だったが、聞く者の心に感動を起こさせるには十分だった。
トロイが最後の言葉を締めくくると、一拍の間を置いて兵達の間から大歓声が起こる。
彼らにとって、“トロイ”は神に等しき英雄だった。
だが、ヘルムートにとっては違う。
ヘルムート自身はその若さゆえ決して認めようとはしなかったが、トロイは間違いなく彼の嫉妬と羨望を一身に受ける存在だった。
大歓声に応えるように壇上で一般兵達の姿を見渡しているトロイは、そのヘルムートの目から見ても確かに大きな存在であるように映る。
決して“英雄”という言葉から連想されるような勇猛果敢な雰囲気をかもし出しているわけではないのに、なぜか人を従わせてしまう不思議な魅力が彼にはあった。
ヘルムートは剣を握る柄に力を込める。
手のひらに握り込められた堅い感触が、ヘルムートの中にある闘争心を呼び起こす。

自分はまだ何もしていない。
彼と同じスタートラインにさえ立っていない。

その想いがヘルムートの足を前へと突き動かす。
いまだ興奮に沸き立つ一般兵達の姿に邪魔をされて、なかなかトロイとの距離が縮まらない。
その距離の差が自分と彼との間に横たわる明確なラインを表しているように思われて、ヘルムートは躍起になって足を動かした。
壇上に立つトロイの姿に、一歩、また一歩と近づいていく。
ヘルムートが長年追い続けてきた、その姿へと。

「トロイ様! 私と勝負していただきたい!」

鞘ごと握り締めた剣を前に突き出し、まっすぐにかの人を見据えて叫べば、一瞬にしてその場は静寂に包まれた。
勝負を挑まれたトロイ本人よりも、周りにいた一般兵達のほうがよほど驚いた顔をしている。
トロイは表情を動かすことなく、淡々とした眼差しでヘルムートを見返してきた。
その顔からは何を考えているのか、さっぱり読み取ることができない。
常識的に考えれば、トロイほどの人物に一般兵に紛れた自分が勝負を挑むなど、無礼を通り越して不敬罪に当たる罪だった。
その証拠として、そばにいた剣術指南役の兵士が驚いてヘルムートを止めようとする。
だが、それをトロイが制した。

「貴殿の名は?」

壇上から降り、ヘルムートと視線を合わせたトロイが名を問うてくる。

「ヘルムート」

一瞬だけ本名を名乗るべきかどうか躊躇したが、偽名でもって勝負に臨みたくはなかったので、ヘルムートはきっぱりと答えた。

「私の名は、トロイだ」

名を名乗ると同時に、トロイはそばにいた一般兵から刃引きされた訓練用の剣を受け取る。
ヘルムートが抜刀して身構えると、固唾を呑んでやり取りを見守っていた兵達は、その場の空間をふたりに明け渡すように後方へと退いていった。

作品名:英雄 ~6 years ago~ 作家名:まるてぃん