最果てに咲くスターチス
臨也のひとりごと‐A
たった一人の大事な人なんて、いない。
情報屋なんて稼業について、反吐がでるような仕事をこなして、人を愛するために人にちょっかいをかけるような事を始めた時から、俺は諦めていた。
人を愛するために、いろんなものを切り捨ててきた。別に後悔はしていないよ。あれもこれもと欲張れるほど、俺は器の大きい人間じゃないもんね。
危険な橋を渡り続けてきたから、寿命をまっとうするよりも、人生半ばで命を落とす可能性の方が高いだろうとは思っていた。
俺はこんなにも人を愛しているっていうのに、人は俺を憎み嫌うから。きっと俺の最後は人知れず、冷たい地面に倒れてひっそりと死んでいくんだろうなって思ったら、ちょっとだけ寂しくなった。
それでも覚悟はしていた。いや、みっともなく追い縋ろうとしなかったのは、もう単に諦めていたからかもしれない。
どっちにしたって机上の空論だったんだけどさ。実際瀕死の状態になってみて、自分がかくも未練たっぷりな奴だったと思い知らされたよ。死んでみなきゃ分からないもんだね。
傷口は銃弾が残って、血がじゃぶじゃぶ流れ出していた。脇腹を中心に疼いていた激痛も薄らいで、血を失って冷えきった身体が寒気を感じなくなってきていた。かといって温かいわけじゃないし、ああこれは本格的にやばい。俺はいよいよ死ぬんだな。
五感がどんどん鈍っていくのに、不思議と頭だけはクリアだった。
嫌だなあ。死にたくないなあ。短い人生、まだ全然満足してないんだよ。やり残したことがいっぱいある。
一番の悔いって何だろう。やっぱり帝人くんに好きだって気づいてもらって、キスできなかったことかな。ああすごく、帝人くんに会いたいなあ。
笑っちゃうよね。俺が死に際に思い浮かべたのは、妹や両親でもなく、ただの知り合いの男の子だったんだからさ。
会いたい。すごく会いたい。
あの子に会って、大好きだよって言いたい。
そんなことを悶々と頭の中で唱えていたら――奇跡が起こった。
突然、身体じゅうに血が巡るのが分かった。みるみる五感が戻ってくる。立ち上がって、お腹の傷が消え失せ切り裂かれた服も元に戻っているのを確認する。
なにこれ、どうなってんの。
生き返った、わけじゃない。ほんの短いモラトリアムなんだって、誰に教わるでもなく理解していた。わけ分かんなくても、与えられたチャンスを無駄にするほど俺は馬鹿じゃない。
でも、いいさ。最期に少しでも帝人くんに会えるなら。
今帝人くん何してるかな。家にいると思うんだけど。俺はケータイを取り出すと、電話帳から帝人くんのアドレスを呼び出した。
End.
作品名:最果てに咲くスターチス 作家名:美緒