ファーストコンタクト
※色々捏造、好き放題しています
鬼畜ジャップをやっつけろ!
ジャップは薄汚い猿・黄色い猿だ!
日本人は汚い、日本人は醜い、日本人は野蛮だ!
小さい頃から、町の大人たちがそう叫んでいるのを聞いてきた。町中の壁とい
う壁に貼られているプロパガンダのポスターには、猿を更に醜く崩した動物が日
本の国旗を持っている姿が描かれている。
でも、そんな人々の中で一体どれくらいの人が、実際に日本人に会った事があ
るのだろうか。
(こんな人間、いるわけない)
色褪せかけたポスターを見上げ、幼いアルフレッドは思った。こんな怪物のよ
うな奴は、コミックや絵本の中にしかいない。黒人や中国人は見たことがあるが
、肌と髪の色に違いがあるくらいで、どんな人種も自分たちと大きな違いがある
ように思えなかった。
なのに、大人たちは言う。黒人も東洋人も下等民だ。奴らと付き合うな。釣り
合わない。
(ジョッシュは俺より足が速いし、リオは俺より勉強ができるぞ)
エレメンタリースクールのクラスメイト達の顔が浮かぶ。ジョッシュは黒人で
、リオはチャイニーズアメリカン。二人とも良い友達だ。それを大人に言っても
、誰もまともに聞いてくれない。理由を明確に説明してくれない。とにかく肌と
髪の色が濃いだけで罪なのだと言わんばかりに、否定されるだけ。
「何でだろうな…こんなに綺麗なのに」
そして今。アルは足元に倒れている人影を見下ろして、呟いた。
日本軍の中隊を追い詰めたと連絡が入り駆けつけてみれば、残っていたのは一
人だけ。初めて間近で見る、日本人―それが今、目の前にいる。
「囮になって仲間を逃がしたか…」
アルはその場にしゃがんだ。雨上がりのぬかるんだ土の上に横たわる、小柄な
体の傍に。
「え、こいつガキ…か?」
泥で汚れた横顔が見える。随分と幼く見える。まさか少年兵かとも思ったが、
肩に縫い付けられた肩章が、そうではない事を証明している。
「どうしますか?」
背後から部下の声。
「そりゃ捕虜にするさ。情報を吐いてもらう」
平坦に答えてアルは敵兵に顔を近づけた。こめかみにかかる濡れた黒髪が、鉱
石のように光っている。
こんなに綺麗なのに
脳裏に幼い頃に見たポスターが思い浮かんだ。背後に控える部下の中にも、初
めて日本人を間近に見た者がいたようで、好奇心がおさえきれずにざわついてい
る。
「……」
アルは黒手袋を外し、指先で日本人の頬に触れた。泥水を拭ってやると、少し
日に焼けた滑らかな肌が露になる。
(柔らけ…)
赤ん坊のような弾力を、指先で楽しむ。背後の部下が「何やってんだ」という
顔をしているのは想像に容易だが、放っておいた。
「まず、武器を押収しましょう」
手際が良いが空気を読めない部下の一人が、アルと日本人の間に割ってはいる
ように手を伸ばした。それを、
「俺がやる」
アルは掴んで止めた。
何故だろう、この日本人の体に、他の奴の手を触れさせるのが嫌だった。
「……これは」
腰のベルトに指している銃より先に、アルの青い目がある物に留まった。それ
は、日本軍人特有の、アルらアメリカ人には無いシンボル。
「サムライソードって奴か」
一振りの、刀。
まるで母に守られる子のように、腕と体に包み込まれていた。
「どれどれ…っと」
黒光りする鞘を掴んで持ち上げてみる。意外な重さに驚いた直後、引き寄せよ
うとした手が止まった。
「?」
二度、三度と引っ張ってみるが、動かない。見れば、鞘に繋がれた紐が日本人
の手首に絡まっている。いや、これは意図的に絡めたもの。絹糸を幾重に織った
錦の紐。決して離さぬと言う強い意志そのままに、刀は日本人の左手首に雁字搦
めに繋がれていた。
「……ちっ…」
絡まった紐は簡単に解けそうにない。不思議とハサミを使えば良いじゃないか
、という選択肢は浮かんでこず。
「後で良いか。よし、運ぶぞ」
言いながら、アルは自分の腕を日本人の体の下と脇下に差し込んだ。部下が「
我々が」と止めるが、それも「俺がやる」と退ける。
今度は自覚があった。
胸の中に沸き起こりかけている、独占欲に。
本田菊。
それが、この日本人の名前らしい。
「キク・ホンダ。年齢は二十七歳。陸軍大尉です」
語学が堪能な通信兵の部下が、日本人の所持品から割り出した情報をアルに報
告する。
「二十七!?」
引っくり返ったアルの素っ頓狂な声が、仮設司令室の一室に響いた。
「ぶっ」
若い部下が吹き出した。室内に苦笑が連鎖する。
「俺より年上じゃねぇか!日本語だろ?見間違えてるんじゃないのか?」
「身分証明書に生年月日も書いてありました。間違いありません」
「はっぁ~~~!」
キネマに登場する役者がそうするように、アルは両腕を挙げた。お手上げ、の
ジェスチャーだ。
「これが二十七ねぇ…」
一時間前に部下から受けた報告を思い出しながら、今、アルは医務室にいる。
自軍の兵士達や捕虜を放り込んでおく場所とは分けられた、特別個室。捕虜の中
でも地位が高い者や、重要参考人となり得る者を収容する。
「ティーンエイジャーで通用するぞ」
顔や体を拭き、着替えをさせられた本田なる日本人は、白いシーツに包まれて
眠っている。森の片隅で発見してここに運ばれて既に数時間、だが本田は目を覚
ます気配が無い。
「「ホンダ」は日本ではポピュラーな名前のようです」
その寝顔を見下ろしながら、アルは部下の豆知識を思い出していた。
「ですが、「キク」は男子につける名前としては珍しいものです」
「へえ」
「「菊」は花の名前ですから。Chrysanthemum。日本にとって象徴的なシンボルで
もあります」
「花……」
呟いて、アルは花の名を持つ男を見つめる。アルの国ではまず男子に花の名前
をつける例は無い。女々しい、弱弱しいから。だけど、この目の前にある寝顔を
見ていると、それも悪くないと思い始めている自分がいる。
「菊。どんな花なんだろうな」
おもむろにアルの目が、ベッドの上から手元に移る。パイプ椅子に座った膝の
上に横たわる、刀。本田の左手にしっかりと握られていた、日本刀だ。試行錯誤
でようやく紐を解くと、左手首に痛々しい痕が残った。
「……」
本田の寝息を聞きながら、しばらくアルは日本刀を眺める。武器でありながら
、宝物のような重々しさがあり、芸術品のような威圧感がある。日本軍人の魂と
され、これを命より大事にしている者もいるのだとか。
「武器は武器だぞ…」
アルは首を傾げる。確かにこれは美しい物だ。だが武器はツールであってそれ
以上でも以下でもないだろう、命と天秤にかける意味も思想も理解できるもので
はなかった。
「…、」
ふと、耳朶に違和感。
空気の揺れが消えた。ベッドからの寝息が、
「っ!」
止まっていた。反射的に顔を上げると、黒い双眸がこちらを見据えていた。
「お前…!」
声にする間もなくベッドから伸びた手が、アルの懐に飛び込んだ。
「っあ!」
思った瞬間には刀が本田の左手にあって。岩にぶつかり弾け散った白波のよう
にシーツが宙を舞った。舞のようだった。一つとして無駄の無い流れるような動
鬼畜ジャップをやっつけろ!
ジャップは薄汚い猿・黄色い猿だ!
日本人は汚い、日本人は醜い、日本人は野蛮だ!
小さい頃から、町の大人たちがそう叫んでいるのを聞いてきた。町中の壁とい
う壁に貼られているプロパガンダのポスターには、猿を更に醜く崩した動物が日
本の国旗を持っている姿が描かれている。
でも、そんな人々の中で一体どれくらいの人が、実際に日本人に会った事があ
るのだろうか。
(こんな人間、いるわけない)
色褪せかけたポスターを見上げ、幼いアルフレッドは思った。こんな怪物のよ
うな奴は、コミックや絵本の中にしかいない。黒人や中国人は見たことがあるが
、肌と髪の色に違いがあるくらいで、どんな人種も自分たちと大きな違いがある
ように思えなかった。
なのに、大人たちは言う。黒人も東洋人も下等民だ。奴らと付き合うな。釣り
合わない。
(ジョッシュは俺より足が速いし、リオは俺より勉強ができるぞ)
エレメンタリースクールのクラスメイト達の顔が浮かぶ。ジョッシュは黒人で
、リオはチャイニーズアメリカン。二人とも良い友達だ。それを大人に言っても
、誰もまともに聞いてくれない。理由を明確に説明してくれない。とにかく肌と
髪の色が濃いだけで罪なのだと言わんばかりに、否定されるだけ。
「何でだろうな…こんなに綺麗なのに」
そして今。アルは足元に倒れている人影を見下ろして、呟いた。
日本軍の中隊を追い詰めたと連絡が入り駆けつけてみれば、残っていたのは一
人だけ。初めて間近で見る、日本人―それが今、目の前にいる。
「囮になって仲間を逃がしたか…」
アルはその場にしゃがんだ。雨上がりのぬかるんだ土の上に横たわる、小柄な
体の傍に。
「え、こいつガキ…か?」
泥で汚れた横顔が見える。随分と幼く見える。まさか少年兵かとも思ったが、
肩に縫い付けられた肩章が、そうではない事を証明している。
「どうしますか?」
背後から部下の声。
「そりゃ捕虜にするさ。情報を吐いてもらう」
平坦に答えてアルは敵兵に顔を近づけた。こめかみにかかる濡れた黒髪が、鉱
石のように光っている。
こんなに綺麗なのに
脳裏に幼い頃に見たポスターが思い浮かんだ。背後に控える部下の中にも、初
めて日本人を間近に見た者がいたようで、好奇心がおさえきれずにざわついてい
る。
「……」
アルは黒手袋を外し、指先で日本人の頬に触れた。泥水を拭ってやると、少し
日に焼けた滑らかな肌が露になる。
(柔らけ…)
赤ん坊のような弾力を、指先で楽しむ。背後の部下が「何やってんだ」という
顔をしているのは想像に容易だが、放っておいた。
「まず、武器を押収しましょう」
手際が良いが空気を読めない部下の一人が、アルと日本人の間に割ってはいる
ように手を伸ばした。それを、
「俺がやる」
アルは掴んで止めた。
何故だろう、この日本人の体に、他の奴の手を触れさせるのが嫌だった。
「……これは」
腰のベルトに指している銃より先に、アルの青い目がある物に留まった。それ
は、日本軍人特有の、アルらアメリカ人には無いシンボル。
「サムライソードって奴か」
一振りの、刀。
まるで母に守られる子のように、腕と体に包み込まれていた。
「どれどれ…っと」
黒光りする鞘を掴んで持ち上げてみる。意外な重さに驚いた直後、引き寄せよ
うとした手が止まった。
「?」
二度、三度と引っ張ってみるが、動かない。見れば、鞘に繋がれた紐が日本人
の手首に絡まっている。いや、これは意図的に絡めたもの。絹糸を幾重に織った
錦の紐。決して離さぬと言う強い意志そのままに、刀は日本人の左手首に雁字搦
めに繋がれていた。
「……ちっ…」
絡まった紐は簡単に解けそうにない。不思議とハサミを使えば良いじゃないか
、という選択肢は浮かんでこず。
「後で良いか。よし、運ぶぞ」
言いながら、アルは自分の腕を日本人の体の下と脇下に差し込んだ。部下が「
我々が」と止めるが、それも「俺がやる」と退ける。
今度は自覚があった。
胸の中に沸き起こりかけている、独占欲に。
本田菊。
それが、この日本人の名前らしい。
「キク・ホンダ。年齢は二十七歳。陸軍大尉です」
語学が堪能な通信兵の部下が、日本人の所持品から割り出した情報をアルに報
告する。
「二十七!?」
引っくり返ったアルの素っ頓狂な声が、仮設司令室の一室に響いた。
「ぶっ」
若い部下が吹き出した。室内に苦笑が連鎖する。
「俺より年上じゃねぇか!日本語だろ?見間違えてるんじゃないのか?」
「身分証明書に生年月日も書いてありました。間違いありません」
「はっぁ~~~!」
キネマに登場する役者がそうするように、アルは両腕を挙げた。お手上げ、の
ジェスチャーだ。
「これが二十七ねぇ…」
一時間前に部下から受けた報告を思い出しながら、今、アルは医務室にいる。
自軍の兵士達や捕虜を放り込んでおく場所とは分けられた、特別個室。捕虜の中
でも地位が高い者や、重要参考人となり得る者を収容する。
「ティーンエイジャーで通用するぞ」
顔や体を拭き、着替えをさせられた本田なる日本人は、白いシーツに包まれて
眠っている。森の片隅で発見してここに運ばれて既に数時間、だが本田は目を覚
ます気配が無い。
「「ホンダ」は日本ではポピュラーな名前のようです」
その寝顔を見下ろしながら、アルは部下の豆知識を思い出していた。
「ですが、「キク」は男子につける名前としては珍しいものです」
「へえ」
「「菊」は花の名前ですから。Chrysanthemum。日本にとって象徴的なシンボルで
もあります」
「花……」
呟いて、アルは花の名を持つ男を見つめる。アルの国ではまず男子に花の名前
をつける例は無い。女々しい、弱弱しいから。だけど、この目の前にある寝顔を
見ていると、それも悪くないと思い始めている自分がいる。
「菊。どんな花なんだろうな」
おもむろにアルの目が、ベッドの上から手元に移る。パイプ椅子に座った膝の
上に横たわる、刀。本田の左手にしっかりと握られていた、日本刀だ。試行錯誤
でようやく紐を解くと、左手首に痛々しい痕が残った。
「……」
本田の寝息を聞きながら、しばらくアルは日本刀を眺める。武器でありながら
、宝物のような重々しさがあり、芸術品のような威圧感がある。日本軍人の魂と
され、これを命より大事にしている者もいるのだとか。
「武器は武器だぞ…」
アルは首を傾げる。確かにこれは美しい物だ。だが武器はツールであってそれ
以上でも以下でもないだろう、命と天秤にかける意味も思想も理解できるもので
はなかった。
「…、」
ふと、耳朶に違和感。
空気の揺れが消えた。ベッドからの寝息が、
「っ!」
止まっていた。反射的に顔を上げると、黒い双眸がこちらを見据えていた。
「お前…!」
声にする間もなくベッドから伸びた手が、アルの懐に飛び込んだ。
「っあ!」
思った瞬間には刀が本田の左手にあって。岩にぶつかり弾け散った白波のよう
にシーツが宙を舞った。舞のようだった。一つとして無駄の無い流れるような動
作品名:ファーストコンタクト 作家名:北野ふゆ子