妖鬼譚
序章
――俺の目に映る世界が、まるで霧でも掛かったかの様に急速に霞んでいく。
俺の左腕を斬り落として折れた刀を杖の代わりにして縋る様に立つ男の左手が目紛しく動いて複雑な印を結んでゆくんが、狭まっていっとる筈の視界にはっきりと映る。
命の灯火が消え掛けとるんが目に見えとる此奴が、このままこの俺の存在を封印する術を完全させたら、確実に命は尽きる筈や。
――俺の存在は、封印される。
――だが、これで何も罪が無い彼奴を滅した仇は討てた。
こないな俺が万全やったら、軽く吹き飛ばせる様なちゃちな封印術程度で命が尽きるんやから、人は本当に脆い生物や。
それなんに、なんでこんな弱い奴等にお前が滅されなあかんねん……。
俺があの時傍におったら、あんな事にはならんかったと思うと、今でも後悔してもし切れん。
せやけど、幾ら悔やんでも、既に過ぎてしもた事を変える事は、流石の俺にも出来ない。
せやから、あの憎い男の命と引き換えに自分の存在を封じられるという事は、俺にとっては大歓迎やった。
お前が居らん世界で何百年も待ち続けるなんて真似は、俺には到底出来ないから。
俺より先に封じられてしもた金ちゃんの事も含めて、後は千歳が手筈通りにしてくれる筈、や。
……千歳一人やったら正直不安やけど、橘の奴もおるから大丈夫やろ。
また必ず会えるから。
俺は、必ず生まれ変わったお前を見付け出したるから。
例えお前が全部忘れとっても、俺は絶対に全てを思い出させてたる。どんな手段を使こても、や。
――せやから待っとってな、……
世界と隔絶されて薄れゆく意識の中、最後の瞬間に俺の脳裏に浮かんだのは、綺羅星の様に輝く愛しい人の大輪の花のような笑顔だった。