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ちょっとだけいつもと違う日

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「もういいのか?」
「うん。あんまり長く居ると屋敷に帰れなくなっちゃうし」
 もっと居たくなると、続きかけた言葉の後半は飲み込んだ。
 日が高く昇ってちょっと傾いた頃。屋敷から一番近い、オーストリア・ハンガリー間の国境線。そのラインの最も近くにある、私の国側の小さな村でほんのわずかの帰郷を終えた。
 村をかすかに望める場所で待っていたプロイセンを促して、同じ道を逆に駆ける。
「なあ。休みいれねぇ?」
 小一時間ほど走ったところで出た提案に、特に異論なく頷いた。

「お前、いつもこんな里帰りしてんのか?」
 休憩場所に定めた森の中の小さな沢のほとりで、太目の木の根に腰を落ち着けたプロイセンが尋ねてくる。
 私はといえば、2頭並んで水を飲んでる馬の片方、あいつの馬の毛並みとか体格とかをぼんやり見るともなしに見ていて、ちゃんと手入れされてる子だなぁとか考えていた。
「2日…や、せめてあともう1日ありゃ、もっとゆっくり出来んだろ」
 風は秋めいて涼しくなりつつあるけど、長時間騎乗していれば汗をかくぐらいには熱くなる。
 水筒の水を一口含んで、私はプロイセンが腰掛けている木の幹を挟んだ反対側に陣取った。
「まあ、自衛の為だし」
「そりゃダラダラ行かれるより襲撃しにくいけどよ。基本1人なんだろ、疲れきった所狙われたら終わりじゃね?」
「その時はその時ね」
「おい」
 あからさまにプロイセンの声に不機嫌さが混じった。
「いくらなんでも日和過ぎだろ。そんな奴だったか、お前」
 馬はのんびり草を食んで、秋風は木々を抜けて水面を揺らしてる。
 けれどそんなゆっくりとした空気の中でも、苛立ちの視線はしかと突き刺さってくる。
「別に返り討ちにしろとか言ってんじゃねぇ。自衛の策なんざ他にいくらでもあんだろ。ずっと供つけんのが無理なら、帰りだけでも迎えに来てもらうとかよ。それを…」
「ね」
「あ?」
 プロイセンの言葉を強引に遮って、あえて尋ねる。
「私変わったでしょ?」
 何を唐突に。
 如実にそう伝わる間がしばし流れて、私はプロイセンを見た。目が合った瞬間に逸らされて、あいつは眉間にしわを作ったまま視線を落とす。
「……そう、だな」
「村にね、屋敷に行く前にお世話になった人も来てて、随分変わられましたねって言ってくれた」
 それが外見の事か立ち振る舞いの事かは、あえて聞かなかった。
「この間なんかオーストリアさんとイタちゃんと神聖ローマとで羊数え合ったりとかしてね、自分でも変わったなぁって思ったの」
「……」
「ね、プロイセンから見て、『私』の中にまだ『俺』はいる?」
 弾かれた様にプロイセンが私を見る。
 私自身その言葉にかなり驚いてる。けどその驚きが表情に出る前に、喉が勝手に続きの音を震わせる。
「あなたの言う、日和る前の『俺』は『私』の中にまだいるの?」
 言われたほうも困るような問いかけ。なんで急にそんな事を言い出したんだろう。
 頭の中は疑問符でいっぱいなのに、気持ちはこの秋風のように静かで。まるで遠くから自分を眺めているような感覚だった。
 …どちらが、どちらを眺めてるんだろ。
「……お前すんげぇ変わったよ。そりゃ坊ちゃんトコの影響とかもあるだろうけど、お前がそう頑張ったからだろ」
「……うん」
 直接の答えじゃなかったけど、プロイセンにしては慎重に言葉を選んでいる様だった。
 私はまた水筒の水を一口だけ、ゆっくりと飲み込んで続きを促すように短く答える。
「まあでも、俺様から見たら変わってねーとこ結構あるぜー。カッとなると回り見えなくなるとか」
「……ここ最近は割とあなたが主な原因なんだけど」
「1人で悩みたがるトコとか」
「別に悩んでた訳じゃ」
「そんだけ言っといてか?」
「……まあ、なんかもやもやしてた気はする」
「ほら見ろ」
 そこでこいつが得意気になる意味がわからない。というより。
「なんでそこまで昔の事、覚えてるかなぁ」
 うっかり昔、プロイセンと約束交わした時の事を思い出して頭を抱えた。
「ケセセ! お前ん所行ったとき、俺様うまれて2桁いった位だったからな。物事新鮮だった分ばっちり覚えてるぜー!」
「うわー最悪。というかさっきから言ってるの性格の事じゃない。答えまだなんだけど?」
 組んだ腕から頭を上げれば、小憎たらしいどや顔。なんかうっとおしい。
「ああ。いちいち男とか女とかで考えてるからややこしくなんだ。地続きで全部お前なんだから、区切って考える必要ねぇよ」
 いるかいないかの2択に、違う答え。煙に巻く気かなとも思ったけど、それはもっとずっと実感のこもった返事だった。
「全部丸ごと綺麗さっぱり入れ替わるぐらい変わっちまうなら、国が…俺らがずっと生きてる意味もねーだろ」
 確かに。もしも私達がそういう生き物なら、ただ単に新しくうまれるだろう新たな違う私に代替わりすればいいだけだ。
 もし例えば、何かのきっかけで中身の全てが変わってしまう様な生き物だったら、何度か名の変わっているこいつなんか、とっくに別人になっている。
「……そっか」
「おう」
 よりによって、『俺』とさよならするきっかけになった奴に、そういう風に考えなくていいって言われるのもなんだろな。
 けど昔から小難しく考えるのは性に合わなかったし、大人しく煙に巻かれてみようか。
「そうだね」

「そろそろ行くか、ハンガリー」
 パンパンと服をはたいてプロイセンが立ち上がる。うんと頷いて、自分の馬に近づく。
 水筒を荷袋に戻した際に、村で貰った小さな皮袋が目に入った。
「ね。手ぇ出して」
 鞍に跨りかけたプロイセンに声をかけると、不承不承といった感じに降りてあいつがこっちにくる。
 差し出された手に、皮袋から無造作に取り出した中身を渡す。
「? 木苺?」
「里帰りの度にくれるの。干してあるから日持ちするでしょ?」
 渡した中でも大きめのものをひとつ摘んで、物珍しげに指の腹で転がしている。
「うちのお日様と、土と、風で育まれたものだから、私にとって何よりのご馳走よ。ありがたく食べなさい」
「なんで上から目線なんだよ」
「誰かさんの真似」
「誰だよ」
 本気で言ってるなら一度お医者様に診てもらったほうがいい。
 無言のツッコミにプロイセンは若干居心地悪そうに肩をすくめる。一応自覚はあるらしい。
 指で遊ばせていた木苺を大口叩く場所に放る。私も大きめのダークレッドをひとつ探し出して、口に含んだ。
「「甘酸っぱ!」」
 見事にハモった。
 何故だかそれが無性におかしくて、次の瞬間にはどちらからともなく吹き出して、大きく口を開けて笑いあった。



『ちょっとだけいつもと違う日』
作品名:ちょっとだけいつもと違う日 作家名:on