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ちょっとだけいつもと違う日

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 約束の日。時間は日の出前。うっすら見える雲の量は今日の日の快晴を示していた。
 前々から今日の予定はオーストリアさんに伝えてある。動きやすい旅装を身にまとい、昨夜自分で用意した食料と水、それに非常用の道具を一式持って静かに厩へ向かう。
 ここは自国よりは四季を感じにくいけど、早朝の空気は秋へ向かって確実に冷えていた。
 厩務係のおじさんも既に起きていて、私の姿を認めるや今日の朝の空気にぴったりな、気持ちのいい笑顔で迎えてくれる。
「おはようさん」
「おはようございます。あの子、調子はどうです?」
「大丈夫。元気が過ぎるくらいさ。今日いっぱい走るの楽しみにしてたからねぇ」
「あら、良かった」
 ちょっと待ってなと、おじさんは厩舎の中へ入っていく。程なくやんちゃな様子の栗毛の馬を連れ、にこにことした笑顔で手綱を渡してくれた。
「今日一日よろしくね」
 馬の首を撫で、これから長い時間を共にする相棒に挨拶をする。
「毎度思うが」
 ん? とおじさんの方を振り返る。
「嬢ちゃんひとりで結構走ってっけど、供をつけなくて平気なのかい? 確かにいつも無事に行って帰ってきてるが物騒に変わりねぇんだ。嬢ちゃんなら、旦那様に頼めばそれぐらいしてもらえるだろう?」
 旦那様とはもちろんオーストリアさんの事。本来なら神聖ローマが該当するのだろうけど、オーストリアさんが屋敷、ひいては政務の方も実質まとめているので半ば必然的にそう呼ばれていた。
 そのオーストリアさん達同様、私やイタちゃんも国のひとりであることは、この屋敷で働いてる誰もが知っている。
 とはいえ、単純にこの屋敷内の立場的に、私もおじさんもオーストリアさんの下で働いてる同僚になるので、こうして気軽に話かけてくれる。
「ありがとう、おじさん。でも大丈夫ですよ。こうして馬を貸していただけるだけでも助かってますし、道も安全なルートを教えてもらってますもの。それに」
「それに?」
「私がピンチになったらこの立派な騎士様がちゃんと逃げ切ってくれるって言ってます」
 硬くしなやかなたてがみを手で梳きながらたくましい首にひっつくと、満更でもないといった様子で馬は鼻をならした。
「はっはっ! そうかい。嬢ちゃんにはちゃんと騎士がついてたな。悪かった悪かった」



 さらりとかわしたけど、今日は多分おじさんが言った意味でのひとりじゃない。
 正直なところ。何故あいつを誘ったのか自分でもよくわからない。一回くらい付き合ってやれば向こうの気が済むかとか、理由をつけようと思えばつけられるけど、ただ、まぁなんとなくいいかという気になったとしか言えない。
 そして同じくらいのなんとなくで、プロイセンと一緒に行くことを誰にも、それこそオーストリアさんにも告げてなかった。これに関しては只単に、向こうが間に合わなければひとりで行く気満々だったからだけど。

 屋敷を出てしばらくは整備された道と森とが続く。後ろを振り返り、屋根の先端も地平線の向こうへ消えた頃合、道が目に見えて人の手の入っていないものへと変わる辺りに、間に合っていればプロイセンが居るはずで。もう間もなくそうであろう人影が目に入った。
 薄暗い早朝でも目立つ銀髪は丈夫そうな帽子を手にぶらぶらさせて、その頭髪と対照的な目立たない色合いの旅装に身を包んでいた。律儀にちゃんと私の出した条件を守っている。よし。
 よぉと挨拶しかけたプロイセンを横目に、私は馬の速度を落とさず駆け抜ける。ほんのちょっとの間を置いて、後ろから非難の声が上がった。
「ちょっ、待てこら! 時間通りだろうが!」
 その慌てっぷりに思わず吹いた。心地よい蹄のリズムの合間に、違うそれが遠く後方から加わる。徐々にこちらの速度を落としてやれば、そう時間もかからずにプロイセンは私と並走するまでに追いついた。
「お前なぁ…」
「ごめんごめん。この子の調子が良すぎたみたいで、つい」
「ったく」
 話しやすいようにさらに減速する。プロイセンも私の馬に合わせて速度を落とすと、外したままの帽子を被りなおした。短めの髪のほとんどが帽子の下に隠れたのを横目に、間に合っても待つ気はなかったと、思ったままは言わないでおくことにした。流石に。
「で、どこ行くんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 里帰り」
 さらっと言った目的地にプロイセンは目を真ん丸くする。
「いくら隣だからって、こっからお前の国までどんだけ離れてると…。ほぼ強行軍じゃねぇか」
「遠乗りには違いないでしょ?」
「ツッコミなら入れねぇぞ」
 だから注文多かったのかとぶつくさ言ってるのが聞こえる。
 目立たない事。丈夫な馬で来る事。置いてかれても文句言わない事。他にもいくつかの条件を出した。
 他国の傘下に下った国が、自国まで里帰りすることは珍しくない。けれど道中で他の、また別の国からちょっかいを出されないとも限らないし、現にそういう事例も報告されている。
 なので、少なくとも私は里帰りの際はなるべく隠密に、そして素早く行って帰ってくるようにしている。
 いざという時のため、この日ばかりはオーストリアさんからも帯剣を許されているけど何も無いに越したことはない。
「そういう訳だから、あんまりのんびりしてられないの。割と飛ばすから無理だと思ったらいつでも勝手に帰っていいわよ」
「誰に言ってやがる」
 小憎たらしい笑顔と共に実に頼もしいお言葉が返ってきたので、私は遠慮躊躇い無く馬の速度を上げることにした。

作品名:ちょっとだけいつもと違う日 作家名:on