愛など囁けぬ唇
(期待なんて)(していないのに)
カチリ、カチリとどこからか時計の針が進む音がする。ふわりと浮上した意識が、見慣れぬ部屋を見つめ、(ああ静雄さんの家に泊まったんだ)と理解した。温もりを感じる方向に目を向ければ、端整な顔が見えた。目を閉じると幼いんだなと帝人は少しだけ笑った。
ベットから這い出て、そっとカーテンを開く。
雨は止んでいるようで、雲の切れ間からぽかりと浮かんだ月が見える。禍々しくも美しいそれを冴え冴えとした目で見つめ、ふと視線をベットへと戻す。
僅かに洩れる灯りに金色がきらきらと光っているのを見て(こっちのほうが、綺麗だ)と想った。
帝人は歪む口元を引き結んで、そっと顔を伏せる。
手を伸ばせばきっと届く。けれどこの距離が帝人には愛おしくて切なくて、・・・・必要なものだった。
(これ以上近付いたらきっと僕は)
月よりも美しく感じる金色に、帝人はふとある言葉を紡いだ。
「月が、綺麗ですね」
自己満足でしかない、帝人が吐ける唯一の愛の言葉。
(これでいい、これで、いいんだ)
この人の優しさに触れられた。それだけで、
月明かり差し込む部屋、愛した人の傍らで、帝人は静かに微笑んだ。
頬を伝う雫など、そ知らぬふりをして。