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Last Scenes

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本当は静雄の近況については逐次調べていたのだが、あくまで偶然を装ってそう嘯く。適当な酒をオーダーすると、静雄は何も言わずに慣れた仕草で酒を作って、臨也の前に差し出した。そうしていると、喧嘩人形とその名を轟かせた化け物ではなく、一端のバーテンのように見えるから不思議だ。
平日のまだ早い時間のためか、店内の客は少ない。ゆったりとしたサティの曲などが流れていて、こんな落ち着いた空間で、バーテン姿の静雄となんの波風もなく向き合っていることが、臨也には酷い皮肉なようにさえ思われた。
「…なんかあったのか?」
酒を飲むでもなく、ただグラスに歪んで映る店の内装を見ていた臨也に、静雄が声を掛けてきた。
「は?」
「なんか妙なツラしてるぞ」
「…妙?」
「妙に辛そうっつーか、思いつめてるみたいなよ…」
まさかあの平和島静雄に精神面を心配される日が来るとは。臨也は目を瞠る。
臨也は平和島静雄との接点の切れた人生を、それなりに愉しんでいる。いつも予定外の行動を取る化け物がいない世界は、臨也の望むようにことが運ぶ。ただ一点、己のうちに巣食う、この満たされないという思い以外は。
「…別に、何もないよ」
「そうか? ならいいけどよ」
口ではそうは言いつつも、静雄は納得してはいないようだった。逡巡している雰囲気を作ってから、静雄は「酒、せっかく作ったんだから飲めよ」と勧める。何を頼んだのかさえろくに覚えてはいなかったが、カクテル・グラスに口を付けると、ジンとライム・ジュースをシェイクした有名なカクテルだった。
薄緑の色彩の美しいカクテルを、この怪力男が作ったのだという現実感がなかなかわかない。ただぼんやりと、見慣れたバーテン服を着こなしている静雄が名のとおり静かに穏やかにバーの中で動くのを見ていると、その視線に気付いたらしい静雄が、臨也を見返した。奇妙な間を置いて、静雄が唇を動かした。
「…お前、ずっとそんな変なツラで俺のこと見てたよな。俺、お前に何かしたかと思ってたけどよ、何もしてこねえし」
同じような言葉を、高校の卒業式の前日に耳にした。このシーケンスで静雄とまともに話をした、唯一にして最後の日。二人で、夕闇が見慣れた教室を染めて、やがて闇が落ちきるまでただ沈黙して過ごしていた。
あのときのことを静雄が覚えているかどうかは知らない。だが今、静雄は、未だかつて臨也には向けたことのないような穏やかな視線で臨也を見て、聞いたことのないような静かな口調で言葉を紡いでいる。
「別に俺のことを怖がってるわけでもないし、変なヤツだと思ってたよ」
「…まさか君に変人扱いされるとはね」
軽く言い返すが、沸点の怖ろしく低い静雄も怒り出したりはしなかった。今の静雄にとって、臨也はかつてのように「ノミ蟲」と罵った何をしても気に食わない相手ではない。かつて、同じ学び舎に通っていたというそれだけの間柄なのだ。
「…卒業式の前に、ちょっとだけ話をしただろ」
「覚えてたの?」
驚きに軽く目を見張る。静雄はサングラスをしていない琥珀の視線を臨也に向けて、少しだけ照れたような顔で肯定を示した。
「なんでか分かんねえけど、あの時はなんか折原と話をしねえと駄目な気がしてた」
結局、あんまり話せなかったけどな。と、力をふるえば喧嘩人形と怖れられる男が、後悔を滲ませて言葉を紡いだ。臨也は思わず動きを止める。じわりと、今更になってドライなカクテルの苦味がこみ上げてきた。
静雄の言葉は当然意外なものだった。臨也はやはり、高校のときも、そして今だって、この男を視界に入れるたびに殺意とも性欲とも表現できない欲を燻られるが、このシーケンスの静雄にとって臨也の存在は重要な意味を持たないはずだ。その静雄が、どうして臨也と話をしたがったのかは臨也には分からないし、静雄自身にも理由は分からないという。
だから臨也が苦々しく感じた理由はむしろ、静雄の言葉の背景に、静雄にとって臨也が過去になりつつあることを悟ったことにある。どこでも交わらずに平行線のまま進んできたこのシーケンスの関係は、やがて静雄が臨也を完全に過去のものとして処理することで終わるのだ。それは臨也が望んだことであり、そしてかつての行為に対する報いでもある。
顔を苦味に歪めて押し黙った臨也を、静雄は訝しげに見たが、カラ、と澄んだ音を立ててドアベルが来客を告げると、そちらに意識を移した。
「よ、静雄」
入ってきたのは、臨也も見知ったドレッドヘアの男だった。静雄が嬉しげに破顔する。
「トムさん、また仕事サボってきたんすか」
「サボりじゃねーよ、次の取り立てまでちょっと時間あっから休憩だって」
にこにこと笑いながら、このシーケンスでは臨也のことを知らないその男は静雄のいるカウンターの前、すなわち臨也のすぐ近くの席に着く。嬉しげに対応している静雄を尻目に、臨也は席を立った。それに驚いて、静雄がようやく臨也に視線を戻す。
「…折原?」
「帰るね。ご馳走様」
何か言いたげに、もう一度だけ「折原」と声を掛けてくる静雄を無視して、清算を済ませて店から出た。
静かな店内から、宵の口に入ったばかりの都会の雑踏に踏み出す。辺りは日がほぼ落ちかけていた。

あの卒業式の前の日も、こんなふうに夕日が落ちきるまで、教室で沈黙のままふたりで過ごした。あるいは情緒的とも言えなくもないそんな思い出も、やがて風化して静雄は思い出さなくなる。それが人の自然なあり方だ。だが臨也は、幾度も忘れることなく思い出すという確信があった。風化されることなどなく、痛みを覚えるほどに鮮やかなまま。
このシーケンスで臨也に残されたのは、静雄の体温でも青空に溶けていくその姿の残像でもなく、“過去になる”という虚しさだけだ。
静雄と交わることのないまま過ごしてきたこのシーケンスの終着点に、臨也は歩みを止めた。
卒業式の前日に、これで終わりだと思っていた不可解な思いは消えるどころか重みを増していくばかりだ。それでもこのまま関わらずに生きていけば、いつかは満足が得られると思っていた。だがそんなときは永劫に来ないのだと、今になってありありと悟らされる。
燦然とすべてを焦がすほどに強い光を宿す瞳が、臨也を見なくなって、やがて記憶からも臨也を消していく。その事実がもたらす虚しさと悲しみに、臨也は呆然と立ち尽くしていた。

作品名:Last Scenes 作家名:サカネ