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Last Scenes

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○ Third Sequence



虚しい心持のまま立ちすくんでいた街中の雑音が、気付けば妙にはしゃいだ声に変わっている。
池袋を行きかう人の群れも、見慣れた紺の制服に身を包んだ若々しい少年少女たちの姿に変化していた。リノリウムの床。整然と立ち並ぶ、見飽きた机。鞄を探り、古い型の携帯電話を取り出すと、ディスプレイは予想したとおりの日付を示していた。
大して回らない思考のまま臨也はゆっくりと、しかし慣れた足取りでベランダへと向かった。雑然と校門へと入ってくる生徒の中に、一際鮮やかに映える金髪長身の姿がある。その眩しさに臨也は一度目を細めて、それからぐっと強く瞼を伏せた。





服従させることには失敗して、関わらずに過ごせば虚しさと後悔が残る。それならば適度に関わればいいのではないか。臨也はこれまで、考え付くこともなかった選択肢をこのシーケンスで選んだ。
すなわち、平和島静雄の「友人」として過ごしていくのだ。それも、ただのクラスメイト程度ではない。高校時代を終えても、互いの存在を深く心に残せる存在、つまり、親友と呼べるような間柄になる。
この選択肢を思いついたときは、「あの化け物と、俺が親友?」と苦笑したものだが、考えてみれば臨也にも静雄にも親友と呼べる存在はいなかった。これはこれで、あの化け物の新たな一面を見られて楽しいかもしれない。そう臨也は言い訳をした。

平和島静雄と親友になることは、想像していたよりも難解だった。何せ静雄は自身の膂力のせいで、あまり人との接し方を知らなかったし、その上臨也に代表されるような理屈っぽい人間を苦手としている。入学当初、静雄は臨也から話しかけても、眉根を寄せて素っ気無く言葉を返すだけだった。
だが臨也は知っていた。平和島静雄という人間は、自分を慕ってくる相手を、絶対に無碍にはできない男だということを。臨也に対する態度も、胡散臭いものを見るものから次第に慣れ親しんだ相手に対するそれに変化していった。
「おはようシズちゃん」
「ああ…つうか手前、シズちゃんって呼ぶな」
「それよりさ、今日の数学、当たるよねえ。あの先生、出席番号順だし」
「…げ」
「あーあやっぱり忘れてた? シズちゃんってほんと、鳥頭だよねえ」
「うっせえ」
こんな、いかにも高校生みたいなオリジナリティの欠片もない会話をして、臨也のノートを必死に写し出す程度には、静雄も慣れてきた。



「君と静雄の関係って不思議だね」
と言ったのは、新羅である。
「不思議?」
「不自然だって言い換えてもいいよ」
あまりいい言葉ではないそれに、臨也は眉を顰める。新羅は、「怒らないでよ」とひらひらと手を振って笑みを浮かべる。
「不自然って何が」
「んー、君は、静雄みたいなタイプは問答無用で敵視すると思ってたんだよね。それなのに妙に静雄を甘やかしてるだろ」
「…別に甘やかしてるつもりはないんだけどね」
「はたから見れば十分に甘やかしてるよ。君のことだから何か裏があって虎視眈々と静雄の首を狙っているのかと思えば、そういうわけでもなさそうだし。なんだか君は、静雄に敵視されたり無視されたりすることを妙に怖れているみたいなきらいがあるね」
その見解はけして間違っていない。都市伝説の首なしライダーにしか興味がないくせに、新羅は妙に鋭い男である。臨也は内心で舌打ちをしながら新羅の言葉の続きを待った。
「…静雄も、何で君に優しくされるのか不思議に思っているみたいだね。でも静雄はああいう性格で、優しくされ慣れていないから、突っぱねることもできないで君への依存を高めてる」
それこそが臨也の狙いである。臨也に自由を蹂躙されて無理に服従させられることも、交わらない距離を続けてやがて臨也を忘れることもなく、友人として臨也に依存する平和島静雄。それがこのシーケンスで得たものだった。
「ほら、こうして考えてみると、不思議で不自然な関係だろ?」
そう締めくくり、新羅は臨也を見た。臨也は唇の端を持ち上げる。自嘲を含んだ笑みになったことは自覚していた。
「…どんなに不思議で不自然でも、満たされたいんだよ」
もう、失う恐怖も忘れられる虚しさも真っ平だ。あんな思いをもう一度するくらいなら、この拙く歪つで滑稽な関係を長く続けていくことを選ぶ。
臨也は、何度もシーケンスを経て結局何をしたいのか、その回答を見失っていた。
「なんのことだい?」
「なんでもないよ」
そろそろ、窓ガラスを割って教育指導室に呼ばれていた静雄も戻ってくる時間だ。臨也は新羅との会話を打ち切り、静雄を迎えに行くべく教室をあとにした。



実のところ、新羅に指摘されるまでもなく、自分と静雄との関係の歪さを臨也はよく理解していた。
理屈の通らない、沸点の怖ろしく低い静雄と、理屈をだらだらと並べることを趣味とする、人を蔑んだような目をしている臨也。誰がどう考えても、今のぬるま湯のような関係は不自然だ。
静雄もそれを感じているようだった。ある日静雄は、こう問いかけてきたのだ。
「何で手前、俺に関わるんだ?」
夏に近い昼下がりの屋上だった。授業を自主休講した静雄は、自分の隠れ家としているこの屋上で悠々と昼寝を楽しんでいた。その午睡に臨也が参戦したのだ。
静雄は、いつの間にか隣りに陣取っていた臨也を見て、日差しの眩しさにか少し目を細めた後で、喧嘩人形にしては穏やかな声で問いかけた。
それは、かつてのシーケンスでも受けた問いだった。臨也は自嘲する。そのときの臨也の答えは、こうだったはずだ。
「何でだろうね。何でだと思う?」
「知らねえから聞いてんだろ」
学校は授業中の時間帯のため、屋上はやけに静かだった。空は青く澄んでいて、日差しを遮るものもない。屋上をわたる風は少しだけ強く、臨也と静雄の髪や制服のシャツをゆるくはためかせていた。
臨也は一度、緩く瞼を伏せる。同じ問いをこれまでのシーケンスでも、異なるシチュエーションで受けた。臨也は今まで、その問いに明確な答えを示さなかった。自分でもその答えを見つけてはいなかったからだ。
だがさすがに、三度目のシーケンスを迎えた今になって、臨也はおぼろげながらも、その答えを見据えている。すなわち、幾度出会いを繰り返しても、この男から目を逸らせない理由だ。
だが臨也は、このシーケンスでも、その答えを口にすることを避けた。
「…俺もよく分かんないけどさあ、シズちゃん見てるとつい構いたくなっちゃうんだよ」
「…変なヤツだな」
言って、静雄は微笑んだ。臨也は目を見張る。夏の強い日差しの中で、すぐに溶けてしまいそうなほど、柔らかな笑い方だった。
そんな顔を見せたりするから、また目を逸らせなくなる。
青い空を背景に、静雄の金の髪が泣きたくなるほど鮮やかだった。



どんなに不自然で歪つでも、このシーケンスはうまくいっている。臨也はそう思っていた。
静雄は相変わらず沸点の低い喧嘩人形として名を馳せているし、臨也は臨也で情報屋としての地盤を固めることに忙しい。それでも二人は、何故かそれなりに仲の良い友人として年月を経てきた。このシーケンスは悪くない。


だが結局、満足は得られないかもしれない。そう気付いたのは、高校二年も終わりが見え始めたころの、修学旅行の夜だった。
作品名:Last Scenes 作家名:サカネ