シキイザ
先程迄とは違う口調。低く重い声にも、圧力を感じる。
臨也は少し身の危険を感じ、思わず息を飲んだ。
そして何より、「臨也」と呼ばれた事に対して、躯が反応する。
こんな時に、と思うが、どうしようも無い。
その後、漸く臨也の口から出ていった四木の指。
その指は粘着を帯びた糸を引き、臨也の唇に繋がっている。
「何か、こういうのも卑猥だねぇ」
四木の指には、臨也の唾液がべったりと付いている。
その糸の先に臨也が繋がっているという絵に、四木は満足気に笑みを浮かべた。
そして糸が切れると、四木は胸ポケットからハンカチを取り出し、自分の指を拭った。
ついでに臨也の口も拭いてやろうと手を伸ばした所で、四木はある事に気が付いた。
「…あぁ、もしかして『臨也』って呼んだから期待させちまったか?」
「っ…別に何も…」
四木の口調が変わる時、そして「臨也」と呼ぶ時、それは行為の時。
何度も擦り込まれているのだから、反応してしまうのも仕方が無い。
「すいません、降ります。止めて下さい」
車を止めさせる様、運転手に声を掛けた臨也。
運転手はミラー越しに後部を伺い、四木が手を上げたのを見ると車を停止させた。
「ドライブ、楽しかったです。では」
少々御立腹と言った感じで、車を後にした臨也。
その後の足取りはいつもの軽やかな物では無く、それを見た四木はクスクスと笑みを漏らした。
「では失礼しますよ、折原さん。また近いうちに」
そう言って、開けた窓からチョコの箱を投げる四木。
臨也はそれを思わず受取ってしまい、困惑気味に眉を寄せた。
その後、発進させた車中からチラリと見えた、チョコの箱を地面に叩き付ける臨也の姿。
そんな臨也が可笑しくて、四木は珍しく声を上げて笑った。
「まだまだ若いねぇ、アイツも」
見ずとも、苦虫を噛み潰したかの様な臨也の顔が見える様だ。
これで、少しはどちらが飼い主なのか解っただろう。
何より、臨也のあの反応。
四木は自分がパブロフになれていた事も確認出来、今日の所は大収穫だったと満足していた。
一方の臨也は、闇に溶け込む様に消えて行った黒塗りの車に背を向け、怒りを露にしつつ池袋を後にした。
終