さよなら天国、また来て地獄
帝人君は大学生とかそんな感じで思って欲しいです。
その日の午後は焼きたてのスコーンにクリームチーズなど挟んで食べた。クロテッドクリームはない。ジャムもない。
まったりとした午後。
外の風は涼しげで歩くのは悪くはないがもてなされる室内も悪くない。
新宿と池袋をまたにかけているのかどっちつかずな情報屋は自分でいれたアッサムだかダージリンだかを優雅に飲む。
帝人といえば特に予定もなくスコーンを口に運ぶだけで彼に問いかけることもしない。
珍しい、というのもおかしな話だが恋人であるところの折原臨也に竜ヶ峰帝人は呼び出されていた。
理由があるのかないのか知らないが用件を切り出されることもなくプレーン、ブルーベリー、リンゴのスコーンを出された。
作った本人は紅茶を飲むだけで手を着けないから帝人が一人でほうばることになる。外はカリカリ中はふわっとおいしい。
無駄に高い技能を褒めれば何故か嫌みが返ってきそうな気がして帝人は無言のまま咀嚼する。
来客を告げるベルに臨也が立ち上がる。
珍しいこと続きだと帝人は食べる手を止めずに思った。
臨也は仕事の「人間」をここには持ち込まない。
人が訪れるときは望まぬ来訪な為わざわざ出向くこともない。
以前「立ち上がる労力すら惜しいね」と口先だけで相手を追い払ったときに言った。性格の悪さはいつでも変わらない。
そのときの帝人の状態も状態だったので現れた人間を庇う気にもなれなかった。
申し訳なさは生まれたが後ろめたさの方が強い。肌蹴た衣服を隠す暇を与えてさえくれれば訪れた人間に加勢してやる気も起きた。
「久しぶり、沙樹ちゃん」
笑顔を振りまく男に帝人がスコーンから顔を上げれば三ヶ島沙樹と紀田正臣。
白の衣装は清楚で純情。その後ろの正臣のナンパな格好とは反するようだが沙樹と正臣は似合いだと言えた。
複雑そうな正臣の表情はこんなところでスコーンなど無心で食べている帝人に向けてか交際中の彼を前に別の男と親密そうな沙樹に向けてかはわからない。
正臣のことだから両方かと納得して濡れティッシュで手をふく。
「臨也さん」
幸せそうにとろけるような瞳で沙樹が臨也を見つめる。
帝人としてはツッコミや嫉妬するべきなのかもしれないが正臣が辛そうに目を伏せるものだから言うべき言葉はどこにもない。
そもそも何があったというのだろう。
「赤ちゃん、いるそうです」
腹部を撫でながら言う彼女は美しい。
母性の縮図のような慈愛の微笑み。
帝人は「よかったね三ヶ島さん。おめでとう正臣」と祝福しようとしたのだが、正臣の顔はどこまでも歪んでいる。
愕然と、初めて聞いたような顔。
そりゃあ急に父親になりますとなったら驚いても無理はないのかもしれない。
心構えもなく親になったらさすがにビックリだろう。そうだろう。
「な、な・・・・・・マジ?」
その反応はひどいだろう失礼だろうと帝人は親友に言ってやろうと思ったのだが、恋人であるところの折原臨也がなんとも楽しそうに顔をにやつかせているものだから、鳥肌が立つ。
絶対に、ほぼ確実に彼が何かをやらかしてそれに反応しようものなら間違いなく徹底的にこちらの心を砕く気だ。
今は失言ができないので沈黙を金として正臣や沙樹に悪いと思いながら帝人は様子を見ることにした。
「よかったねぇ、沙樹ちゃん」
「はい」
臨也の言葉に目元を赤らめて嬉しそうにまだ出ていないお腹をさする沙樹は可憐という言葉を人の形にしたような完璧さだというのに正臣ときたらまだ驚愕から立ち直れていない。
だらしがない親友にさすがに帝人は「正臣、何? 認知しないとか言うの?」と発破をかけるためにらしくない物言いをすれば縋るような目とかち合う。
正臣のこんな顔はじめて見ると思いながら「だって、お前」と震える声を聞く。
「俺と沙樹はそんなこと一切」
まさかの発言すぎて帝人も頭の中が真っ白になる。
人のことを散々「奥手」呼ばわりしておいてとの反発心より何より簡単に言えば「じゃあお腹の子は誰の子?」という単純にして当たり前の疑問が浮かぶのだ。
浮気とか沙樹に限ってありえないが向かい合って微笑みあっている男女を見れば相手は考えるまでもないのだろう。
自分がいい面の皮だと拗ねる心よりもふらふらとして今にも倒れそうな正臣が心配になってくる。
図太く見えて気が利く彼はきっと打たれ弱い。
立ち上がって「フラれたもの同士愚痴りあおう」と不毛な提案をしようと正臣に近づけば途中で臨也に捕まった。
腹の立つことに全然身長差は縮まらず腕の中で押さえ込まれると帝人では脱出できない。
厄介極まりない。
視界が臨也の服だけだと思ったら反転、沙樹でいっぱいになる。
夢見る乙女の愛らしさを閉じこめた彼女から視線がそらせず「幸せになってね」と空虚な言葉を吐き出す。
言ってから後悔しだした帝人を笑うような背後の気配は喜色満面の沙樹に上書きされる。
かわいい彼女に切なさを覚えながらも解放を願って自分に触れている手を叩く。
「ありがとう、幸せにしてね。私たちを」
お腹を優しく触れ続ける沙樹に帝人は意識が遠くなりかける。
自分を通り越して後ろにいる臨也に言っているんだと思いたいが思えない。
時折焦点が合わないような瞳の彼女が今はしっかりと帝人を見据えて微笑んでいるのだ。
いやな気配に再度鳥肌を立てれば「子供だけおいてっていいよ」と爽やかに言い放つ外道。
「駄目ですよ、臨也さん。これは私と帝人の子供だもん」
「三ヶ島さん・・・・・・」
「沙樹でいいよ。正臣も沙樹って呼んでるんだから」
三ヶ島沙樹と竜ヶ峰帝人はもちろん知らない仲ではないが恋人の知り合い、親友の彼女と直接の友好関係はない。
会えば話すし嫌いでもないが彼女とそういったかかわり合いはない。親友の恋人だという以前に自分に恋人がいるわけだからして
浮気は帝人の感覚として受け入れられない。
「ど、どういうことだよ」
正臣に向けられる裏切られたような顔が痛い。
帝人は弁解するように首を振る。困惑しているのは自分も一緒だと訴えたところで正臣に伝わるのだろうか。
友情は素晴らしいようで帝人を見る正臣の瞳に憤怒などはなく臨也へ疑心を向けた。
なるほどと帝人が臨也を見上げればこれ以上なく上機嫌な男の顔。
「死ねばいいのに」
理由もわからずとりあえず元凶だろうから思ったことが口をついて出たが帝人に謝罪の気持ちはない。
わかりやすくあからさまに傷ついたというような顔をする臨也に不快を突きつければ肩をすくめて謝られる。
安い謝罪などいらない。
「沙樹ちゃんは聖母マリアさまだよ。処女受胎おめでとう。まぁ下世話な話、子宮にいれるときに膜とか破れたから器具で処女損失? ご苦労様」
「いいえ。無事に芽吹いてよかったです」
臨也の言葉を微笑んで受け入れる沙樹はどこからどう見ても狂っていたが出会ったときからこんな調子だったので帝人には普通に見える。
日常と非日常の境界があやふやになる点が臨也といるデメリットだと今更ながらに思う。
その日の午後は焼きたてのスコーンにクリームチーズなど挟んで食べた。クロテッドクリームはない。ジャムもない。
まったりとした午後。
外の風は涼しげで歩くのは悪くはないがもてなされる室内も悪くない。
新宿と池袋をまたにかけているのかどっちつかずな情報屋は自分でいれたアッサムだかダージリンだかを優雅に飲む。
帝人といえば特に予定もなくスコーンを口に運ぶだけで彼に問いかけることもしない。
珍しい、というのもおかしな話だが恋人であるところの折原臨也に竜ヶ峰帝人は呼び出されていた。
理由があるのかないのか知らないが用件を切り出されることもなくプレーン、ブルーベリー、リンゴのスコーンを出された。
作った本人は紅茶を飲むだけで手を着けないから帝人が一人でほうばることになる。外はカリカリ中はふわっとおいしい。
無駄に高い技能を褒めれば何故か嫌みが返ってきそうな気がして帝人は無言のまま咀嚼する。
来客を告げるベルに臨也が立ち上がる。
珍しいこと続きだと帝人は食べる手を止めずに思った。
臨也は仕事の「人間」をここには持ち込まない。
人が訪れるときは望まぬ来訪な為わざわざ出向くこともない。
以前「立ち上がる労力すら惜しいね」と口先だけで相手を追い払ったときに言った。性格の悪さはいつでも変わらない。
そのときの帝人の状態も状態だったので現れた人間を庇う気にもなれなかった。
申し訳なさは生まれたが後ろめたさの方が強い。肌蹴た衣服を隠す暇を与えてさえくれれば訪れた人間に加勢してやる気も起きた。
「久しぶり、沙樹ちゃん」
笑顔を振りまく男に帝人がスコーンから顔を上げれば三ヶ島沙樹と紀田正臣。
白の衣装は清楚で純情。その後ろの正臣のナンパな格好とは反するようだが沙樹と正臣は似合いだと言えた。
複雑そうな正臣の表情はこんなところでスコーンなど無心で食べている帝人に向けてか交際中の彼を前に別の男と親密そうな沙樹に向けてかはわからない。
正臣のことだから両方かと納得して濡れティッシュで手をふく。
「臨也さん」
幸せそうにとろけるような瞳で沙樹が臨也を見つめる。
帝人としてはツッコミや嫉妬するべきなのかもしれないが正臣が辛そうに目を伏せるものだから言うべき言葉はどこにもない。
そもそも何があったというのだろう。
「赤ちゃん、いるそうです」
腹部を撫でながら言う彼女は美しい。
母性の縮図のような慈愛の微笑み。
帝人は「よかったね三ヶ島さん。おめでとう正臣」と祝福しようとしたのだが、正臣の顔はどこまでも歪んでいる。
愕然と、初めて聞いたような顔。
そりゃあ急に父親になりますとなったら驚いても無理はないのかもしれない。
心構えもなく親になったらさすがにビックリだろう。そうだろう。
「な、な・・・・・・マジ?」
その反応はひどいだろう失礼だろうと帝人は親友に言ってやろうと思ったのだが、恋人であるところの折原臨也がなんとも楽しそうに顔をにやつかせているものだから、鳥肌が立つ。
絶対に、ほぼ確実に彼が何かをやらかしてそれに反応しようものなら間違いなく徹底的にこちらの心を砕く気だ。
今は失言ができないので沈黙を金として正臣や沙樹に悪いと思いながら帝人は様子を見ることにした。
「よかったねぇ、沙樹ちゃん」
「はい」
臨也の言葉に目元を赤らめて嬉しそうにまだ出ていないお腹をさする沙樹は可憐という言葉を人の形にしたような完璧さだというのに正臣ときたらまだ驚愕から立ち直れていない。
だらしがない親友にさすがに帝人は「正臣、何? 認知しないとか言うの?」と発破をかけるためにらしくない物言いをすれば縋るような目とかち合う。
正臣のこんな顔はじめて見ると思いながら「だって、お前」と震える声を聞く。
「俺と沙樹はそんなこと一切」
まさかの発言すぎて帝人も頭の中が真っ白になる。
人のことを散々「奥手」呼ばわりしておいてとの反発心より何より簡単に言えば「じゃあお腹の子は誰の子?」という単純にして当たり前の疑問が浮かぶのだ。
浮気とか沙樹に限ってありえないが向かい合って微笑みあっている男女を見れば相手は考えるまでもないのだろう。
自分がいい面の皮だと拗ねる心よりもふらふらとして今にも倒れそうな正臣が心配になってくる。
図太く見えて気が利く彼はきっと打たれ弱い。
立ち上がって「フラれたもの同士愚痴りあおう」と不毛な提案をしようと正臣に近づけば途中で臨也に捕まった。
腹の立つことに全然身長差は縮まらず腕の中で押さえ込まれると帝人では脱出できない。
厄介極まりない。
視界が臨也の服だけだと思ったら反転、沙樹でいっぱいになる。
夢見る乙女の愛らしさを閉じこめた彼女から視線がそらせず「幸せになってね」と空虚な言葉を吐き出す。
言ってから後悔しだした帝人を笑うような背後の気配は喜色満面の沙樹に上書きされる。
かわいい彼女に切なさを覚えながらも解放を願って自分に触れている手を叩く。
「ありがとう、幸せにしてね。私たちを」
お腹を優しく触れ続ける沙樹に帝人は意識が遠くなりかける。
自分を通り越して後ろにいる臨也に言っているんだと思いたいが思えない。
時折焦点が合わないような瞳の彼女が今はしっかりと帝人を見据えて微笑んでいるのだ。
いやな気配に再度鳥肌を立てれば「子供だけおいてっていいよ」と爽やかに言い放つ外道。
「駄目ですよ、臨也さん。これは私と帝人の子供だもん」
「三ヶ島さん・・・・・・」
「沙樹でいいよ。正臣も沙樹って呼んでるんだから」
三ヶ島沙樹と竜ヶ峰帝人はもちろん知らない仲ではないが恋人の知り合い、親友の彼女と直接の友好関係はない。
会えば話すし嫌いでもないが彼女とそういったかかわり合いはない。親友の恋人だという以前に自分に恋人がいるわけだからして
浮気は帝人の感覚として受け入れられない。
「ど、どういうことだよ」
正臣に向けられる裏切られたような顔が痛い。
帝人は弁解するように首を振る。困惑しているのは自分も一緒だと訴えたところで正臣に伝わるのだろうか。
友情は素晴らしいようで帝人を見る正臣の瞳に憤怒などはなく臨也へ疑心を向けた。
なるほどと帝人が臨也を見上げればこれ以上なく上機嫌な男の顔。
「死ねばいいのに」
理由もわからずとりあえず元凶だろうから思ったことが口をついて出たが帝人に謝罪の気持ちはない。
わかりやすくあからさまに傷ついたというような顔をする臨也に不快を突きつければ肩をすくめて謝られる。
安い謝罪などいらない。
「沙樹ちゃんは聖母マリアさまだよ。処女受胎おめでとう。まぁ下世話な話、子宮にいれるときに膜とか破れたから器具で処女損失? ご苦労様」
「いいえ。無事に芽吹いてよかったです」
臨也の言葉を微笑んで受け入れる沙樹はどこからどう見ても狂っていたが出会ったときからこんな調子だったので帝人には普通に見える。
日常と非日常の境界があやふやになる点が臨也といるデメリットだと今更ながらに思う。
作品名:さよなら天国、また来て地獄 作家名:浬@