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黙する先覚者

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白に溺れる


 極東に浮かぶ小さな島国、日本。その中でも関西に位置する大阪の山の奥、そこには今はもう世間には忘れられた忍の集団がいた。誰の目にも入らず、ただそこに在り続け、淡々と任務をこなす忍たち。
 彼らの名前は【四天宝寺】。

 この異能に支配された世界で、今もなお輝き続ける命の名前である。


 空を見上げれば、既に日は落ちていた。恐らくは10時を過ぎているであろう。青年は動くたびに衣ずれを奏でる着物の裾を鬱陶しげに払う。和で落ち着いているその部屋は、かすかな埃も見えず、まるで部屋の主の性格を表しているようにも見えた。
 青年は再び空を見上げて溜息を吐く。

 薄い灰白色の髪は外に跳ね、意志強い琥珀の瞳。左手には真っ白の包帯が施してある。その青年の名は、白石蔵ノ介といった。
 そして彼らが住まうここは、日本の関西、大阪の隅にある人外れの大きな屋敷。全てが和で統一されているように見えるが、中は洋装のところがあったり、意外に大雑把に構成されている。白石はその屋敷の一番上をすべて自室にしていた。彼が、この屋敷の主でもある。

「光」
「はい?…あーまだっすよ」

 白石が一言呼びかけるだけで、人がすぐに来る。光、と呼ばれた少年のような風貌の彼は至極面倒くさそうに頭をかいた。両耳には合わせて五色のピアス。その目元はだるそうに下がっており、それでも忠誠を誓うかのようにその膝は伏せられていた。
 どこよりも高い忠誠心。そして隠密を極め、そして完璧なものにしていく。

 彼らは忍と呼ばれる存在だ。

「そ。下がってええで。アイツが帰ってきたら知らせや」
「はい」

 光は一度頭を下げ、扉を閉めた。そしてすぐに気配はきえる。
 白石のいる最上階は招かない限り、いることは許されない。主が絶対であるこの組織でそれは当たり前のようだった。

「すんません、帰ってきま…」
「今、帰ったでー蔵!」
「…したっす」
「りょーかい」

 光が顔をのぞかせたそのすぐ後に、元気な声が響く。光は不愉快そうに顔を歪め、再びそこから去る。
 入ってきたこれまた青年は悪気もなさそうに、にこにこと笑っていた。手には一つの巻物。そして体には無数の怪我が作られていた。治療もされていない怪我に白石は少しだけ眉を寄せる。

「おかえり、謙也」
「おう、ただいま。任務完了や」
「見たら分かるわ」

 そう言えば、謙也は巻物を見、照れくさそうに笑った。
 白石は顔を緩めると、謙也を手招く。謙也もそれに素直に従い、白石の元へと寄った。

「また怪我、仰山作ったなあ」
「…あ、やーその、相手が銃持っててん。あと弓とか、飛び道具ばっかでな。ちょい大変やったわ」
「そらすまんかった」
「え、ええねん!ほら、無事任務も成功したしな!…ったく最近の奴らは銃だのなんだの使って…すっかり染まりよって」
「自分が銃忘れてっただけやろ」
「………なんでバレてんねん」

 ひく、と引き攣った頬を白石は笑いながら撫でる。時折、裂けたところを触ってしまい、謙也が身を引こうとする。が、白石はそれを読んでいたように、謙也の下がる腰を引き寄せる。すっぽりと自分の腕の中に入った謙也を満足そうに見下ろし、血が滴る頬の傷を舐めた。

「ひっ…ちょ、蔵…待って、いたっ」

 ぺろり、と真っ赤な血を掬いあげれば、途端に頬も紅く染まる。謙也は固く目を瞑り、何かに耐えるようにその体は少しだけ震えていた。
 白石は閉ざされている瞼に唇を落とす。紅潮する頬をもう一舐め。そこでようやく舌を口に戻すと、鉄の味がした。甘い。白石は自分の唇も舐める。

「な、何すんねん…」
「消毒?」
「ちゃうわ!疑問形やないし!」

 真っ赤になって、目元を吊り上げる謙也に白石はやはり笑いにつられる。
 忍とはいえ、感情を素直に表に出すことが出来るのはやはり、才能じゃないか。そして彼の、まるで太陽のような笑みに誘われて、つい自分も笑ってしまうのだ。暗い闇の中の小さな陽だまり。忍には向かない明るい髪色も、それを象徴しているかのようだった。

「怪我したんなら、あんま動いたらあかん。【異能】っちゅーもんに頼り切るもんやないで」
「分かっとる。ちょい急いどっただけや」
「?なんか用あったんか?引きとめてもたな」

 その言葉に謙也は少しばかり目を瞬かせると、緩んだような笑顔になった。

「何や、はよ蔵に会いたかったからに気まっとるやん。浪速のスピードスターナメたらあかんで」
「!(あかん、不意打ちやんか)」

 白石は緩む頬を押さえながら、今度はきちんと唇の上にキスを落とした。

「俺も謙也にはよ会いたかったわ」


作品名:黙する先覚者 作家名:センリ