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黙する先覚者

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小さな陽だまり


「は、俺?」
「せや」

 秋もそろそろ終わり、冬の季節が近づいている。冬の準備にいそしむ四天宝寺組に新たな芽がやってきた。
 白石…四天宝寺の主に呼ばれた謙也は驚きが隠せなかった。白石の言葉ではなく、その隣に大人しく座る男の子にだった。

「…どないしてん、その子」

 あまり年の変わらなさそうな、けれど恐らくは年下であろう男の子。真っ黒の髪に丸い目はまだ幼く、けれどどこか絶望も入り混じった淋しげな色をしていた。
 謙也は今年、10つになる。二桁の年になって、何だか一皮剥けた気分でいた矢先だった。

「せやかて俺やってまだ未熟もんやし、人に教えられるほど学あらへん」
「そんなんええねん。とりあえず知っとること全部教えたって」
「俺よりも銀とかのが適任ちゃうの?」
「謙也、俺はお前に頼みたいんや」

 その言葉に謙也は口を閉ざした。同い年とは思えないほどの威圧感。
 なぜ白石が自分を選んだのかは分からない。でも、自分を信用してくれてるからこそ、ということは分かった。謙也は興味がなさそうにただ座るだけの男の子に視線を移す。

「自分は俺でもええ?」
「……」
「ええんかい」

 こてん、と首を倒した男の子に思わず突っ込みが入る。大して年の変わらない、しかも幼い頃から白石と共に行動し、ほかのメンバーよりも少しだけ事情に通じているだけの謙也を。教育係に選ぶ白石の意図はよく分からなかったが、本人がいいと言っているのなら、まあなんとかなるやろ、と楽観的な心情で謙也は頷いた。

「俺は忍足謙也や」
「……おしたり?お医者さまの?」
「まあ、それで通っとるな」

 日本国で忍足、という名前を知らない者はいない。どんなに厄介な人物でも秘密厳守で金とリスクを払えば、治療をしてくれるのだ。しかも技術が高く、的確で、頭も良い。そういう風に幼いころから、裏の汚れた世界で生きてきた一族だ。故に【忍足】という苗字を持っているだけでも裏世界では重宝される。それはまだ苗字を捨てきれない謙也にも言えることだった。
 だが、忍足は裏でこそ有名だけれど、表ではひっそりと開業医や大学医をやっている程度だ。すなわち、【忍足】の名を知っているということは…そういうことになる。
 謙也はこんな子も知っているのか、という思いと同時に、少しだけの切なさも感じた。

「忍足のお医者様には機嫌よくしなさいって言われてた」
「…そか。でも俺はまだお医者様にはなれてないし、気ぃ使わんでええよ」
「でも将来はお医者様」
「子供はそんなこと考えんくてええんよ。小難しいことは大人になってから考えや」
「若さま」

 白石は男の子の頭を撫でる。気持ち良さそうに少し笑う彼の姿は、子供だった。甘やかされている子供。

「自分、名前なんて言うん?」
「………」
「どないした?」
「こら、俺がやった名前あるやろ。自己紹介しなさい」
「…やって、あんな名前…」
「ええ名前やないか。俺のつけたんにケチつけるんか?」

 明るい色の言葉だが、裏には強制力がある。恐らくはそれに慣れてはいないであろう、黒髪の男の子は見事にピシリと固まった。あーあ、と謙也は苦笑して、未だに固まっている男の子の腕を取る。細、すぎるその腕を優しく包み、にこりと笑いかける。

「蔵につけてもろたなら、ええ名前やで。遠慮せんと名乗り」
「………る」
「ん?」
「ひかる」

 少しだけ震えた声で、紡ぎだされた言霊。そのことに白石は満足げに笑い、玉座に腰を下ろす。


 光。


 それは音のごとく、光を意味しているのだろう。こんな闇の世界に放りこんでおいて、と思う反面、とてもこの子に似合うと思った。明るく輝き誰でも照らす、という明かりではない。
 本当に大切な人を守り続ける、灯だと。

「ええ名前や、光」
「…うん」

 おおきに。小さく呟かれた感謝の言葉に謙也の頬が緩む。弟が出来るとは、こういうことだったのだろうか。くしゃり、と髪を撫でてやれば、光は綺麗に笑った。

「これからよろしくな、ここは俺が胸張って言える自慢の家や。今日からお前も家族。な、蔵」
「もちろんや。光、お前もゆっくりでええ、分かってけばええねん。ここにいる奴らは誰もお前を裏切ったり置いて行ったり殴ったりせえへん。お前のほんとの家族や」

 忍は隠密機動が主。外で目立ってはいけない。他人に素性がバレてはいけない。ましてや標的に正体がバレてもいけない。そんな張りつめた任務の疲れを癒してくれるのが、自分の居場所にいる大事な家族なのだと。

 白石と謙也が最初、この土地に何もなくて、この四天宝寺に誰もいなかったとき。決めたことだ。仲間を家族と呼び、何よりも大切な空間にしよう、と。誰もが失くしたい場所を自分たちが作る、と決めた。


「ようこそ、四天宝寺へ。そして光、おかえり」

作品名:黙する先覚者 作家名:センリ