入れ替われれれ!!
繭の中からのぞき窓ほどの大きさの隙間へ「どうしたんですかっ!」と臨也の声で杏里がたずねる。
静雄を怒らせることになっても関係ない。
帝人が、罪歌が、どうなっているのか、気が焦る。
園原杏里にとって竜ヶ峰帝人は大切な友人である。
額縁の外の存在ではない。
怒声もソファが飛んでくることもない。
静かである。
杏里は怖くなる。
「セルティさん、すみません。出してください」
自分じゃない身体が傷つけられることになったとしても杏里はもはや罪悪感など覚えない。
再三の呼びかけにも反応がない。
いや、帝人の声がかすかに聞こえた。杏里は臨也の聴覚を少しだけ賞賛する。
「新羅さん、どうなっているんですか?」
臨也の声に帝人は「たぶん」と答える。
「・・・・・・君たちさ、また入れ替わっちゃった?」
言葉は部屋の中で動きを止めている三人と妖精に向けられた。
時が動き出すかのように急激に状態は変わる。
一番始めに動いたのは新羅だ。
後ろから杏里を抱きしめていた体勢から飛び退くように転がり尻餅をつく。
幸い、ソファに倒れ込んだので床に散らばるガラスの破片とは無縁だ。
どもりながら杏里への謝罪と臨也へのセクハラ非難を叫ぶ。
杏里はそんな新羅を気にした様子もなく目を細め、刀を、罪歌を床に突き刺す。
「うるさいなぁ、こいつ。杏里ちゃんはいつもこんなのと一緒でよく平気だっ!」
肩をすくめる仕草は凛々しい表情と相まって大人びていた。
「というか、帝人君もよく平気だったな」
振り向き新羅を見つめる杏里。
瞳は普通の色に戻っていた。赤かったことが嘘のよう。
「あ、最初は空耳かなと思ってて皆さんには聞こえてなかったようですし」
はにかむように照れくさそうに視線を下に向ける新羅。内心でセルティは(新羅のこんな表情見たことない)と臨也が中身であったときよりは違和感がないというのにいつもとの差異を強く感じた。
「静雄さんがいらっしゃったらすごい大きな声で『愛してる』『愛させろ』って」
「やっぱり操られてたのか」
杏里は眉を寄せ刀を見る。
そのままでは物言わぬただの鉄屑だが、確かにアレは呪いの妖刀。
過去、幾人もの罪なき人を辻切りに変えた刀。
「いえ、無視してたんですが『一回でいいから試させて、お願い。杏里ちゃんなら許してくれる。本当よ、お願い帝人君。愛しましょう』と言われたので」
繭の中でガタガタと音がする。
「私は無差別に人を切ったりしません」
臨也の声で否定がはいる。
セルティが影で縛られて転がっている静雄の身体を蹴りあげる。
一切の容赦のない打撃。
意外だったのか目を見開き驚きを露わにする静雄に無言で蹴る。
「ちょ、ちょっと待て!! さっきの台詞からするに静雄が臨也で私が静雄だろうっ?」
「っったく。なに? 自分を痛めつけて楽しいの? M? ドM? きゃっ、シズちゃんってばド変態ぃっ、ぅ」
ニヤニヤと笑う静雄の顔面にセルティの足がめり込む。
顔がないからどんな表情なのか分かりようがないが、青筋が立ってブチ切れているだろうことは想像にたやすい。
「そ、そのなんだ。落ち着け、落ち着いて現状を把握するんだ。あ、PDAは使えるか?」
杏里の言葉に首を傾げるような動作で手首あたりからお馴染みのPDAをとりだすセルティ。
打ちながら苛立ったのか肩がふるえる。察知して杏里はセルティの手からPDAを抜き取る。
PDAは新羅がセルティにくれた大切なものである。壊されてはたまらない。
画面には『さっぱりわかんねぇどうなってんだこれ』と書かれていた。
「えっと、なにか、人格がみんな入れ替わってしまった、んだ、な?」
杏里が帝人を見て助けを求める。
「うん、セルティ」
部屋の隅から動かない帝人は「ちょっと、帝人君来て」と手招く。
素直に従い帝人の元へ歩く新羅。帝人が新羅の白衣の裾を持つ。
訳知り顔でうなずく帝人にセルティが苛立ったように肩を怒らせ近寄る。
「うわぁ、こんな感情が高ぶっているセルティ初めて見るよ。ともかく、落ち着きなよ、静雄」
『落ち着いてる』
身体から立ち上る黒い影が文字を作る。
「あ、すごいですね。外ですると目立つでしょうけれど、大きな字で見やすい」
幼い顔で新羅が言う。それにセルティは振り向くような仕草で影を確認する。
手でぐにぐにと黒い影を整形するようにこねる。新羅が弾んだ声で「僕もいいですか?」とたずねると黒いもやが『好きにしろ』と言葉を形作る。
喜び楽しそうにセルティの影をこねる新羅。満更でもなさそうなセルティ。
「なんだろう、不思議な気分だ」
「そうだね、自分に置き去りにされている気分だよセルティ」
杏里と帝人のつぶやきに新羅は「すみません」と頭を下げ、セルティも『悪い』と黒いもやで書く。
「置き去りにされているのは俺の方なんだけど」
静雄が声を出す。
『地べたに這い蹲って、本当にノミ虫だな』
「忘れてるはずもないけど、這い蹲ってんのはシズちゃんの身体だよねぇ」
『俺の中にお前がいるなんて不愉快すぎる、死ね』
静雄の身体を縛る黒い影がその幅を縮めたようだ。静雄の身体が不自然に歪む。
「落ち着けっ、静雄。自分を大切にしろ」
「帰る身体がない君がセルティを乗っ取るとか勘弁してよっ」
杏里と帝人は同じ意見なようで心配している場所が真逆で新羅は笑ってしまった。
「私を出してもらっていいですか?」
臨也の声にセルティが思案するような気配。
「とりあえず落ち着こう」と杏里が提案して帝人が元気よく頷く。新羅も同意を示し荒れた部屋に戸惑う。
床に転がされた静雄は脂汗を浮かべて「シズちゃんなんかどうでもいいんだけど、俺がしんどいからこの身体治療して欲しい」ともらしたが聞き流された。