二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

悪意在ル私的見解

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

 慈郎の言葉に、跡部の幼児性を見て可愛く感じるのは自分だけではないのだと再認識させられ、少し複雑な心境になった。
 跡部特有の驕慢な笑みに悠然とした物腰。育ちのせいか持って生まれた資質のせいか、他者への命令に些かの躊躇いもなく従わせることに慣れた物云い。それは常に公正な視点で皆を導いて行く。テニスに関しては一切の妥協を許さず、ひたすら真っ直ぐにその高い誇りでもって前に突き進み、振り向かないその強さ。反面、嬉しい時には喜び、楽しい時には共に笑い、腹立たしいことがあればそれを隠さない。己の感情を素直に発露できることは幼いということではなく、それだけ健全で柔軟な精神を持っているということだ。変に溜め込んで歪みを内包している自分とは対極にいる人間。だからこそ惹かれるのだろう。
「おれねえ、跡部のあのまっすぐなところ大好き。だから、もし忍足が跡部の良いところをダメにしちゃったら、……おれ、許さないよ?」
 真意を窺わせぬ、まろやかな笑顔で告げる慈郎。そして、笑顔の慈郎に対し無表情の自分。何も云わず、無言のままそこから去った。あれだけ混じりけのない跡部への純粋な好意の言葉に、自分が返すことができる言葉なんて持ってない。
 自分は慈郎のような純粋な気持ちで跡部を好きなわけじゃないから。
 立ち去るしかなかった。





 そして、今――――。

 部活終了後の部室にはいつもの様に日誌を書く跡部と、珍しくその跡部待ちをしている自分しかいない。他のメンバーは慌しく着替えると、空腹を満たすべく足早に部室を後にした。その際、樺地も半分眠りかけた慈郎を担いで皆と一緒に出て行った。あれはあれで気を使ってくれたのだろう。
 広い室内は跡部が立てるシャーペンの音と、自分が偶にあげる欠伸以外は静かなもので、疲労もあってか次第に眠気が勝ってくる。暇つぶしに雑誌を読んでみたが、気もそぞろに飽きてしまった。跡部の作業はまだ終わらない。
「なあ、跡部」
 呼びかけても返事はなし。けれど、一瞬手の動きが止まったので聞いていないわけではないようだ。
「跡部って、結構俺のこと好きやろ」
 今度は手は止まらなかった。表情も、眉一つ動かさない。ただ秀麗な面の中、眼の視線だけが動くのみ。
 跡部はいつもそうだ。何につけても自分からは決して手を伸ばそうとはしない。テニス以外で、彼が貪欲に欲しているところを自分はみたことがなかった。それは、たいして冷めているわけでも執着心が薄いわけでもなく、単に、欲しいと望めば向こうから差し出されるため、敢えて自ら行動を起こす必要がないからだ。それは人間関係にしてもそうで、常に相手から求められ、跡部は選ぶ側にある。彼が必要だと思えば傍にいることを許されたし、不要だと思えば一瞥すら与えられることはない。
 そんな彼だからこそ、云わせたい言葉がある。
 しかし自分にとって不幸なことに、跡部は頭の回転が速く感もいいため、簡単に挑発には乗ってこない。今回も今までと同じく無視されて終わりだ。
 普段ならいつものことと気にもしないが、今日は何となく面白くない。試すように、慎重に言葉を選びつつ跡部の様子を窺う。
「だんまりかい。……嫌いならそう云うて。俺はお前んこと好きやけど、嫌がってる相手想い続けるんもほんまはしんどいねん」
 云いながらわざと乱暴に席を立った。溜息を吐き、敢えて跡部の顔を見ずに踵を返す。
「もう、お前んこと見いひんし。今まで悪かったわ」
 そう云って、跡部がなんらかの反応を見せなければ、宣言通り跡部から去るつもりだった。半端な気持ちで云ったのでは跡部は絶対に動かない。だから、これは一つの賭け。手強過ぎる相手への揺さぶりと、己の中で渦巻く八割の諦めと、二割の期待を込めてドアノブに手を掛ける。

「そんなに言葉にしねえと不安か?」

 凛とした艶のある声が問いかけた。跳ねた心臓もそのままに、動揺を悟られないようゆっくり振り返ると、書き終えたらしい部誌を閉じた跡部が、顎に肘をつきながらこちらを見ていた。
 何も答えないでいると、仕方なさそうに席を立ち、近付いてくる。
「試してんじゃねえよ」
 跡部の強い視線に射抜かれたまま、身体はドアへと押し付けられた。跡部は腕を俺の首横でドアに肘まで付く形で密着させ、壁と己の身体の間に挟みこんだ。
 これで完全に身動きが取れない。身体も、心も。
「余計なこと考える暇があるなら、もっとがむしゃらに向かって来いよ」
 次第に近付く唇に視線が吸い込まれる。
「余所見なんかしてんな」
 触れるかと思われた唇は、笑みの形を刻んだままあっさりと離された。跡部は云うだけ云ったら気が済んだのか、そのまま脇に置いてあった荷物を取ってドアを開ける。もちろん、塞いだ形だった俺を押しのけて。
 意識ごと持っていかれた俺はそれでようやく我に返り、慌てて跡部を振り向くと既に相手はだいぶ離れたところまで歩き去っている。
「…………何やねん、今の」
 呟いて、ずるずるとそのままへたり込んだ。顔が熱いと感じるのはきっと気のせいじゃない。自分は今、みっともないほど赤くなっている。
 思わず衝動的に叫びたくなって、それを堪えるために口を掌で覆う。跡部が出て行った扉の方はもう見れなくて、視線を斜め下に逸らした。
「何なんや……。反則やん、今の…………」
 喜びに声が震える。
 余所見なんかできるわけがない。
 いつでも追い駆けることに精一杯で。
 そうやって君が振り返ってくれるから、自分はずっと捕らわれたまま。
 これからも、ずっと。
作品名:悪意在ル私的見解 作家名:桜井透子