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爪を切り損ねた

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再び、足元の方で力なく蠢いているルートヴィッヒの前髪を掴んだ。長い睫毛の間から覗いた青い瞳がいつにもまして不機嫌そうに濡れている。男はクスクスと笑って、そのままルートヴィッヒの下唇に噛みついた。上唇に舌を這わせ、歯列を割って、乱暴に口内をかき回した。半ば開いた口の端から、ルートヴィッヒが熱い息を漏らす。相変わらず下手なキスだ。そうしてルートヴィッヒの舌の表面をべろりと撫で上げたとき、男は舌先に妙な痛みを感じた。どうやら小指の血をすすったときに切り損ねた爪を、ルートヴィッヒは食んでしまっていたらしい。男は自らの爪で、舌を軽く切ってしまった。舌先から軽く血が垂れる。自らの血をそのひとの舌に絡めてやって、そうしてぬうっと離れた。血の混ざった色の糸が引く。それはまるで、自ら育てた薔薇園の、最も美しく咲いた薔薇のような色だったので、男は以前、いつかルートヴィッヒを薔薇園へ連れてゆく約束をしたことを、不意に、思い出した。息が荒い。男は口端に滲んだ血を手首の辺りで拭った。眼前で咳き込んでいるそのひとをにらみつける。
男はルートヴィッヒの、涙を浮かべてせき込む姿を見て、急に、とても耐えられぬような興奮を、覚えた。鋭い加虐心と愛を孕んだ視線にようやくきづいたそのひとは、苦々しい顔をして、ペッ、と些か忌々しそうに床に切り損ねた爪のまじった唾を吐きだした。口内はきっと血の味がひどいんだろう。唾液と一緒に吐き出された爪は、血が混ざってまるで、とびきり美しい薔薇のひとひらのようだった。


作品名:爪を切り損ねた 作家名:高橋