そこにある言い訳
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夏野とキスをした。
どうしてしたかと言われれば、多分したかったからなんだと答えるけれど、今のところそれを聞かれていないので答えることも出来てはいない。
多分したかったという言い方はずるいのかもしれなかった。おれはしようという意思を持ってしたんだと思う。
出会ったとき、夏野が工房の息子だってことは知ってた。知らないはずがないくらいに村は狭い。ここで生まれ育ったおれにとっては当たり前の世界でも、夏野にとっては違ったようだ。おれにとっての村以外、都会なんかと同じように自分では選択できない与えられた居場所で生きていくしかない。
物珍しさがなかったとは言えない。視界の端に捉えてなんやかやと噂する年寄りを少し疎ましく感じながらも、同じような感情が自分の中にもあること認めたくないのに、それでも、それがあることを自覚してた。
声を掛けて仲良く、とおれが思えるような関係になってからは、そのぶっきら棒の中にもおれを慕ってくれているような空気が心地よかった。弟のようで。でも弟とは違う。弟がキスしたことがあるか気になっても。実際にキスしてみようだなんて。思わないはずだからだ。
これで二度目。唇が離れても夏野は何も言わない。自分で仕掛けたくせに、その沈黙が苦しくてどうしようと思う。息が苦しい。呼吸の問題というよりは胸に重石が乗っているようなそんな苦しさだ。
「徹ちゃん・・・」
夏野はなんでこんなことをしたんだとは言わない。言わないから、おれも。言葉を紡がない夏野の唇を塞ぐことしか出来ない。
「ん・・・」
夏野から漏れてくる息に膝が震えた。膝とは別に背筋から這い上がってくるものがる。震えに似ているのに違う。立っていられそうに無くて。それを言い訳にして。
おれは膝を着いて夏野を抱きしめた。
[終]