つめきり3
「・・・騎士の手だな」
とぽつりとルルーシュが呟いた。それはもう過去のことに目を瞑り、今あるこの時間を生きている僕のことを言っているようで。
もしかしたら、もう戻れない昔の僕達との差異をかみしめている言葉のようにも捉えることができるのかもしれない。
「ルルーシュ・・・」
やや俯いたルルーシュの口角が上がる。目元は髪で見えなかった。
「身だしなみも大事だからな」
そう言って、僕の手を離して顔を上げたルルーシュに。僕は。あの日の表情を見つけてたまらなくなった。何もかもを腹の中に抱えてまやかしの幸福の中でそれが嘘だと知りながら享受する。そこに身を浸しながら、同じ場所で戦っている、その顔だった。
そのとき湧き上がってきた感情をどう表現したらいいのかわからない。わからないから僕は、腰を折って衝動のままにルルーシュを抱きしめた。
「スザク?」
少し焦ったようなルルーシュの声が可笑しい。こんなに苦しいのに自分が笑っていることが不思議だ。笑っているのに涙が滲んでくる。これをルルーシュに見られる訳にはいかないと思う。
「不敬罪だ」
そう言ったルルーシュの声が少しだけ震えていたような気がするのは僕の気のせいだろうか。そして、ルルーシュの腕が僕の背中に触れる。躊躇うようにそっと添えられるだけだったそれが、不意に。力強く体を引き寄せられるように締められた。
椅子に座るルルーシュの前に跪くように、僕は体をルルーシュに寄せる。跪いた分、僕の位置が低くて、顔をルルーシュの肩に埋める。ルルーシュの息が近い。
「っ・・・スザク」
皇帝と騎士の、正装ではないにしても眠る前まで身に着けている豪奢な服に、こんなものが無ければ、と思う。体温が感じられない。生地の僅かに伝える温かさしか感じることが出来ない。抱きしめても抱きしめてもそれは変わらなくて。
「くる、し・・・」
ルルーシュの呻きに我に返った。苦しさからなんだろうか、顔を上げたルルーシュの目は涙が浮かんでいた。そのまま僕達は見つめあう。どちらからとか。どちらが促したとか。そういうことを考える余地は全く無かった。
そのときはそうしないとおかしいと言うような雰囲気だった、などと言うつもりは無い。
本当はずっと思っていたことだ。僕が。ルルーシュがそれを受け入れた。そこにルルーシュのどんな意図があるのかはわからない。
ただ、それを今考えるべきではないことだけはわかる。
顔を近づけたら空気が濃密になった。ルルーシュの瞼が閉じられたのがわかった。
柔らかい感触と熱。熱い。表面体温の低そうなルルーシュの熱い部分に触れている。
堪え切れなくて、唇を舌でこじ開けた。腕の中の体が震える。それでも強い抵抗は無い。
「んっ・・・っ」
このまま抱き上げて。逃げることが出来るのなら、僕は本当にそうするのだろうか。確かに触れられる体がそこにあるのに、何故か現実感が薄い。全てが。本当は夢だったのだと思えるならば幸せなのか。
どうしようもない現実の中で今は口付けの熱に酔っていたかった。