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ピンクなきみにブルーな僕

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「せやからおまえはあほや言うたんや。あんな、どこの世界に子供が可愛くない親がいてるんや。そんなんおらへんわ。いるにしても、それはよっぽど頭のネジがおかしなっとるに決まっとる」
 忍足があまりに自信満々に答えるので、跡部は黙り込んだ。そうなのかな、と考え始めたらしい。…実はそれは忍足の早合点で、跡部はまったく違うことに意識を向けていたのだが。
「…えぇか?もう、あんなんと付き合うたらあかんよ?」
 跡部が大人しくなったので、忍足も若干声の調子を優しげなものに変えてそう諭す。と、なぜか跡部が忍足の手を握った。
「……?なん?」
 行動の意味がわからないまでも、不安なのかなとかなんとか考えて、忍足は跡部の顔を覗き込んだ。と、跡部が薄青い目を向けてくる。その美しい色と出会った瞬間、忍足は瞬きさえ出来なくなった。それほどに、魂を奪われたのだ。
「―――おしたり」
 幾らか舌っ足らずに感じられた、その、抑えた声音。
 忍足は―――、その声に降伏せざるをえなかったのである。


「…俺、まんまとはまってしもたんやな…」
 冷や飯を中華鍋に入れ、相変わらず手際よくかき混ぜながら忍足は嘆息した。
 あの時、跡部に陥ちる男ども(…)の気持ちが図らずも解ってしまった。あれはまったくとんでもない、天性の娼婦とかいうのをとあるノーベル賞作家の文豪は好んで使ったが…あれは跡部のことじゃないのか、とまで忍足は思ったものだ。それは皮肉ではなく、どぢらかといえば賞賛を篭めて。
「………」
 望んだことではないので複雑なのだが、早熟といわれても仕方のないことに忍足は童貞ではなかったのだが、…だが…、最初が押し切られたものだったので余計に、跡部との行為は実はたいへんよかった。あまり深く考えたくないのだが…自分もそっちの人だったのだろうか?…跡部と致したのはそれ限りだが、またあのなんとも言いようのない誘う目を向けられたら、理性がもたない方にへそくりの一万を賭けられる。
 最後に香り付けの醤油を差して、忍足は火を消した。
 皿に盛り付け、それからインスタントのわかめスープを作ってやる。あとは夕飯の残りのポテトサラダを小皿に盛り付けて、結婚式の引き出物の盆に載せて運ぶ。取立て気に入っているわけでもないのだが、頑丈なので重宝している。
「跡部、待たした…」
 戻ってみて、忍足は一瞬目を瞠った。
 ソファに横になった跡部が、体を半分横に向けてこちらを見つめていた。薄い唇に淡い笑みを刷いた、匂うような顔をして。
「…。あ、跡部、ほら、腹減ってるんやろ?これな…」
 何とかその目から逃れると、忍足は慌ててテーブルに皿を並べ始めた。
「…!」
 スプーンを置いた時、そっと、手を捕まえられた。そろり、目を上げると、薄青い美しい瞳が、じっと忍足を見つめていた。彼はもう体を起こしていて、シャツの胸元にくっきりと鎖骨が浮かんでいた。吸い付くようなあの肌の感覚を、まだ指先が覚えているのだ。…生憎と。
「…おまえはひどいやつやな、跡部」
 せめて悔し紛れにそう唸ると、跡部は花が綻ぶような顔で笑った。
 やけになって忍足は、やや乱暴に跡部を引き寄せキスしようと―――したら、口の前に手を立てて止められた。
「…?」
「バーカ。勘違いしてんじゃねぇよ。…食べさせろ、っての」
 跡部は意地悪く笑いながら、忍足にスプーンを握らせる。そして目を閉じて、あーん、と口を開けた。忍足は頭に来るやら呆れるやらで絶句していたが、仕方なしスプーンでチャーハンを掬って跡部の口に突っ込んだ。
「あが。………、…。忍足、…もっとゆっくり…」
「…!…あんなぁ」
「ほら」
 一瞬、跡部の口調に滲む色に反応しかけた自分に再び怒りを感じつつ、忍足は耐えた。耐えたが、口調は荒れた。無理も無い。
「ン……、…忍足、…もっと優しく」
 がた、と忍足は遂にスプーンを置いた。跡部は薄目を開けて、無言でその様子を見守る。どうする、と彼をからかうように。
 忍足は跡部の正面に回りこむと(それまでローテーブルを挟んでいた)、有無を言わさずその肩を捕まえてソファに沈めた。跡部は何も言わず、じっと忍足の目を見上げていた。
「―――この性悪め」
「よく言われる。…で?」
 シャツを脱がせる忍足を咎めず、どころか彼の眼鏡を取り上げながら跡部は笑った。
「……責任取れ。性質の悪い誘い方してからに」
「そりゃこっちの台詞だ」
「なんでやねん」
 跡部は不服そうな忍足の首に素早く己の腕を回すと、彼の唇を舐めた。それから耳元に口を寄せて、こう、囁く。
「おまえが俺を好きにさせたんだから、おまえが悪いんだろ」
「………」
 諦めたような気配。それから、忍足は深く相手の唇を貪る。そして吐息の合間に尋ねた。
「ところで、そのカッコ。なんかあったん?」
「あぁ…ヴィトンのパーティー行ってきた。…ママのエスコートで」
 後で知ったことだが、跡部の母はエステを中心にリフレクソロジーや健康食品のレストラン展開をしている女性実業家だった。納得していいのかどうかわからぬまま、忍足は「あ、そう…」とだけ答え、あとはやけになったように白い、本質としては自分と同じであるはずの体に没頭した。


 …ちなみに、翌朝。
「おまえ、俺んこと好きやったんや?」
 とからかい混じりに忍足が尋ねると、こともなげに跡部は頷き、そして答えた。
「でもおまえも俺のこと好きだろう?」
 それに言葉を失っていると、跡部は笑った。すっかり寛ぎきった顔で、忍足のスウェットを着たまま。
作品名:ピンクなきみにブルーな僕 作家名:スサ