海の薔薇
昼間の喧騒はどこかに消えうせ、少し欠けた月が低い位置から輝きを放っていた。走った上、男たちを投げ飛ばした源田は疲れ果て、浴場で汗を流してから宿に戻った。明日の朝からはさらに南に向けて出発する。地元民の噂では、誰も近づかないが莫大な金が眠る遺跡があるようだ……という話らしい。資料もないし、確証もないが冒険心がくすぐられたのか不動は行くと決めた。
この調査団は不動明王の指揮の下、動いていた。彼は緻密な司令塔で、病気もなく過ごせているのは彼のおかげである。というのが、この調査団全員の一致する意見だった。彼はこの国に来る以前より、十分な研究と準備をした。
国にたどり着く前までの進路も、彼はまるで何度か通ったことがあるかの風に仲間に案内をして見せた。調査団の活躍も目を見張るものがあり、当初予定していた資源確保の分は既に十分、間に合っていた。
にもかかわらず、どんな罠が仕掛けてあるのかわかりもしない遺跡に行こうなんて――源田はため息を吐いた。
「色男がため息なんざ似合わないぜ?」
聴いたことのない声、気配に気づけず源田はハッとして身構えた。
「警戒すんなよ、昼間の礼を言いに来たんだ。」
「君はあの時の――。」
二階の窓なのだが、昼間、あの盗賊団に追いかけられていたあの少女が窓枠に座っていた。
ぽんと飛び降り、源田の目の前に歩み寄ると口の端を軽く上げ、顔を傾げて見せた。
少女のかんばせは褐色で、橙の瞳が大きく、この国の者なのだろうが顔つきが若干、東の国寄りだった。おそらく混血児なのだろう。行商人が多いし、一晩限りの関係がいたるところで酌み交わされている。偶発的にできた子供であれば、源田の昼間に考えていた商品としての奴隷だとしてもおかしくはない。
しかし、何より目の前にして驚いたのはその美しさだった。少女が源田を色男の評したように、母国での自分自身の評価はそれと同じで、言い寄る女性こそ星の数ほどいた。本人ですら辟易するほどで、それから逃れたいのもありこの調査団に参加した面があるくらいだった。
その源田が一見し、美しいという想いを抱くのは初めてのことだった。ここに来る途中、西の芸術の都で見た彫刻や絵画以来の衝撃かもしれない。
だが、そのかんばせに不似合いなものがあった。右目が布で覆い隠されていた。おそらくは盲目なのだろう――源田は眉を眉間に寄せた。
「あの時は助かったよ、あんた強いんだな……えっと、名前はなんて言うの?」
「源田、幸次郎という。」
「ゲンダ、ね。俺はサクマ。見てくれのとおり奴隷とか娼婦とかやってる。ゲンダはここの人間じゃないよな?着てるモノも違うし。どこから来たんだ?何しに来たんだ?」
サクマは大層、源田が気になるらしく目を輝かせながら質問を矢継ぎ早にした。
一見、美しいが子供のようなサクマに思わず源田は笑みを零した。
しかし、眠気が襲い掛かりサクマの声も遠かった。ベッドに二人で腰掛けて、話をしたがついにかくんかくんと頭が上下し、源田は沈黙した。
「え、ゲンダ?ゲンダー?……気ィ許しすぎじゃないか?」
仕方なくサクマは座ったままの源田を横にさせ掛け布団をかけた。
「おやすみ、ゲンダ。」
サクマがその手でゲンダの顔を撫でたとき、少しだけ覚醒した源田は彼女の手から香った花のような香りを最後に見た。
10/10/19
娯楽小説として、書けたらいいな……。
美しいものは美しい、醜いものは醜いと簡潔に書いていきます。
なお、サクマは男の娘です。