落ちつくには まだ
―― たとえば、落下する飛行機のはねの上。
「―ずえったいに、ムリ」
「るせえな。やらなきゃ死ぬぞ」
まったくいつもと変わらぬ会話を、実は、怒鳴って交わしている状況だったりする。
協力してどうにか落下速度を落とすという案はいいけどさ、―
「まにあわねえええええええええ!!」
ほら、海面はもう、すぐそこ。
きっと、これが死後の世界。
なんて思って目を開けた綱吉は、なんだか暖かいことに気が付いた。
「・・気がついたかい?」
あ。こういうシーンってよくマンガとかテレビでみるなあとぼんやりした頭が思う。
やさしそうな人がのぞきこんできて―
「気分はどう?」
「― 」
あれ?と相手の戸惑ったような顔をみながら、自分も戸惑った。
「もしかして・・声、出ない?」
上からのぞく人の眉が寄る。
何度か答えようとして、自分の口から音が出てこないのを確認して、うなずいた。
「・・ああ、・・どうしよう・・」
のぞきこむ、その、きれいな顔が悲しそうにゆがんだ。
「 」
いろいろ聞きたいことがあるのに、音が出ない。
もどかしい。
「・・うん。まだ、眠ってたほうがいいよ。ぼくはアリオス。もう一人の人も、ここにいるから」
その、もう一人の気配がしなくて、急に不安になる。
「・・大丈夫。あの人のほうが、元気だよ」
「 」
よかった、と思ったらとたんにまぶたが重くなり、眠る気などなかったのに、意識は暗闇へとおちていった。
海面がすぐそこの状況で、翼にへばりついた男二人が手から吐き出したそれの威力は、多少の効果は発揮したが、なんの助けにもならなかった。
海面を大きく波打たせ、自分たちの身体を翼から離すということには成功したが、機体を飲み込んでひどく泡立った水に落ちるということに、かわりはなかった。
ザンザスがどうにかぎりぎりで綱吉の身体を抱えたのだ。
なぜ、そんな行動をおこしたのか、自分でも理解できない男は、そのもやもやした感情を発散させるかのように、沈みゆくその海中で、もう一発、怒りを吐き出し、どうにか海面までたどりついた。
漂う残骸の一つをつかまえ、抱えた男の顔をうかがう。
白かった。
肩口に、大きな金属片が刺さっていて、血が流れている。
「っち、まぬけ」
これを受けたせいで、意識を落としたのかもしれないが、あいかわらずの足手まといで腹が立つ。
こんなのを抱えたまま、見えもしない陸地を目指すなど、したくもないことだ。
取り出した通信機類は、うんともすんともいわない。役にたたないそれらを彼方へ放ったところで、その小船が近付いてきた。
なんとも古めかしい格好をした、近くの城の兵だと名乗る男が二人、こちらへ手を差し出した。
「城主が、人が落ちるのを見たとおっしゃったのです」
どういう視力の持ち主だ、と、気を失う男の代わりにつっこんでやりたかった。
が、その小船に乗り、静かに波が打ち寄せる浜に着いたとき、なんとなく理解できた。
この辺りの奇怪な岩が連なるこの海岸線に、こんなでかい城があるなどと、聞いたこともない。
外壁の様子から、それなりの年数を経ているようだし、海に向かった砲台には、鈍くひかるそれらがしっかりと据え置かれていた。
「おい、今、何年だ?」
「『何年』とは?」
兵士に聞き返され、男はそれ以上質問するのをやめる。
通用しないだろうということが、すぐにわかった。
城へ行くのに、海を利用した堀を越えなければならなかったのだが、兵士が「橋」とつぶやいたのに応じ、いきなりそれが目の前に架かるのを眼にすることとなる。
思わず舌を打てば、抱えている男が顔を動かす。眉が寄り、苦しそうだが、声は出さない。
「その、肩に刺さったものを取ったほうが良いでしょう」
「抜いたら一気に失血する」
「―ああ、なるほど。では、専門のやつにやらせましょうか」
りっぱな石で造られた橋を渡りながら、兵士と話す。
わたり終えたところから、溶けるように橋は消える。
次には大きな門がひとりでに開き、足を踏み入れたとたんに咲き乱れるバラの香りに包まれる。そこかしこに、孔雀が放たれた、悪趣味な派手さの目立つ庭だった。
地面が石畳に変わり、再度、勝手に開いた大きな門をくぐり、太い柱が並ぶ回廊を通ってから、ようやく建物の扉らしきものにたどり着いた。
「城主がお待ちです」
そう、開けられ、入り込んだ。
暗く、涼しく、静かな部屋。
足をすすめるこちらの靴音しかしない。
「―その人は、こちらへ」
「っ!!」
右後ろ。
まったく気配は感じなかった。
「だいじょうぶ。恐がらないでください」
「だれが恐がるかよ」
くすり、と相手は笑った。
きれいな顔をした男だった。
どことなく、へなちょこな金髪を思い起こさせる。
「あなたが今見ているぼくの顔は、あなたがその、抱えたひとのために選んだ、安心できる顔なのですよ」
「おれがあ?ふざけんな」
「とにかく、その人をこちらへ」
とたんに、何もなかった空間に、部屋が現れる。
「ぼくが、それを抜きましょう」
「てめえ、何もんだ?」
鮮やかな深い青い色の眼が、男と合った。
「ぼくはアリオス。この城の主。きみたちとは、違う世界の人間だ」
これ以上、なにか説明が必要かというように、そこで言葉は切られた。
「偶然見かけたのだけれど、できれば助けたいと思ってね」
「・・・それだけか?」
「さあ・・。とにかく、この人が死ぬのは、あなたも困るのでしょう?」
自分よりも歳下のように見える男にそう聞かれ、ザンザスは笑った。
「困りはしねえな」
「じゃあ、なぜ、助けたのですか?」
「・・・・・」
なぜ?それは自分でも聞きたいことだ。
不機嫌になった男の腕から、意識を失った綱吉の身体が浮き上がった。
「助けますよ。この人、ちょっと興味あるし―」
アリオスと名乗る男はそう笑い、浮いた体を紐で引くように、むこうに現れた寝台へと運んでいく。
「あなたの軽い怪我も、治しましょう」
勝手なことをするなという前に、あちこちにあった小さな傷がきれいになくなる。
「あちらでお待ちください。上等な酒もありますよ」
部屋が一瞬真っ暗になり、次には眼の前に、食べ物がのった器と酒をのせた、長細いテーブルが現れた。
一脚の椅子が勝手に動き、男を待つ。
その、グラスを満たした赤黒い色の酒が気になった男は、あっさりとそこへ腰を落とす。
グラスを手にし、何の迷いもなく口をつけた男は、皿にのった肉のかたまりへ、ナイフを突き立てた。
「おわかりでしょうが、あなたたちとは、異なる空間にいるのです」
ナイフで切り取った肉を食べ、酒を飲んでいれば、いきなりテーブルの端席に、そいつが現れた。
「―あれは、どうした?」
「一度、目覚めましたが、また、休みました。きれいな眼をした方だ」
嫌なものをかがされたような顔で、ザンザスはナイフを放る。
「破片を取っても、一滴も血は流れなかったってことだな?それなら、おれたちは引き上げる」