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落ちつくには まだ

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こんなおかしな人間が住む場所に長居したくもない男は、さっさと腰をあげた。
「それは、残念」
 言葉とは裏腹な表情の男が、いつの間にか酒の入ったグラスを持つ。
「あなたが呼ぶ『あれ』は、声を落とされたみたいですよ」
「・・・あ?」
 澄ました笑いを浮かべる男をにらみなおした。
「声を、落としてしまったようで、しゃべれないのですよ」
「・・・・・・」
「おっと、ぼくたちが何かやったのではありません」
 突っ立った男が、腕に力をこめたのを見透かし、アリオスが両手をあげてみせる。
「あなたたちはひどい勢いで海に落ちました。それは、一緒に落ちた、あの、なにか大きなものが原因だ。それのせいで、荒れることのないこちらの海は、ひどく荒れた。それに、ひどく腹を立てた海神が、あの方の声を抜いたようですね」
「・・うみがみだあ?」
「そうです。まあ、この辺り一帯の海をつかさどるのですが、年に一人のいけにえを捧げないと、ひどく怒ってしまうので、困っています」
 にこり、と音がしそうな笑みをアリオスは浮かべた。
「―退治すれば、『あれ』の声がもどります」
「べつに、おれは困らねえ」先ほども言ったはずだ。
 男の早い返答に、困ったような金髪の若者がグラスに口をつけた。
「―そうかなあ・・まあ、それならいいです。声が戻らない『あれ』と戻ってください。ただ、肩の傷は、もう少し治ってからのほうがいいと思いますよ。ぼくの力でも、どうにかぎりぎりでつなぎなおした血管とかが、またすぐに切れたりすると、困るでしょう?ああ、・・あなたはべつに、困らないのか」
 くすくすと笑う男は、こちらをわざと怒らせようとしているのがみえみえだ。
「―扉を出て、向かいの部屋にいますよ」
 行動を読まれたようで腹が立ったが、黙ったまま、重いそれを押し開けた。

 向かいの部屋は、先ほど見た部屋とはまた違うもののようだった。きっとあいつらは、城の中の部屋数など、自在に変えられるのだろう。
 近寄ったばかでかいベッドには、小柄な男が眠っていた。
「・・・・・」声を抜かれるなど、どれだけ間が抜けりゃあ気が済むんだと、それを見下ろした。
 ふいに、ゆっくりと、その眼がひらく。
「おい、ほんとに声、出ねえのか」
 その問に、寝ぼけたような顔がむけられる。
「  !    !  ! 」
 どうやら、男を認めて名を呼び、続けて勢いよく起き上がったところで、肩を押さえて枕へ倒れこむ。
「ったく、・・本当に出ねえみたいだな」
「     」
 しかたなく、ベッドに腰掛ければ、眉をよせ、でかい眼が、男をうかがい何かしゃべった。
「あやまるぐらいなら、その声をどうにかしろ。どうやらてめえ、海の中に声を落としたらしいぜ」
「     ?」
 馬鹿にしたように伝えれば、首をかしげる。
「アリオスとかいう奴が、その声は、海神が抜いたなんてほざきやがった」
「  ?」
「ああ。だから、そいつを退治すれば、てめえの声も、戻るらしい」
「            」
「はあ?なんでおれがそんなもん退治しなきゃなんねえんだ」
「   !                    !」
「知るか。てめえがしゃべれなくても、おれは困らねえ」
「・・・・・」
 ここにきて、ようやく、お互いが気付く。
「・・                 ?」
「―・・てめえみたいな単純なやつがしゃべることなんざ、だいたいわかるだろうが」
「  ?」
「てめえのとこの守護者どももわかるだろ。問題ねえ」
「  !       !」
「気配だけでも十分うるせえんだ。声がなくなって、ちょうどかもしれねえな」
 くっと笑い、もう会話する気はないのを示すために立ち上がる。
「肩の傷がもう少しかかるみてえだからな。それが治りしだい、帰んぞ」
「・・・・・」
 しゅんとうなだれた相手は、口をぎゅっと閉じ、開くこともなかった。
 見届けた男が踵をかえしたところで、ぐい、と裾を引かれ、「・・・・」ものすごく、振り返りたくはなかったが、しかたなく、振り返る。
「                」
「・・・・・・・」
 でかい眼に力を宿した童顔な男は、宣言をしている。
 きっと内容はこうだ。

『おれ、自分でその海神、退治にいく』

「―・・馬鹿じゃねえのか?肩も治ってねえのに」
「   !     ?           !」
「あー・・・・うるせえ・・」
 気配だけではなく、この男の、存在自体がうるさいのだと、ようやく理解した男は、すがりつくようにこちらの服を掴むその手を払う。
「勝手にしろ。てめえの声がどうなろうと、おれの知ったこっちゃねえ」
「・・・・・・」
 そうなのだ。
 本来自分にとってこの童顔のうるさい男は、そういう存在なはずだ。
 なのに、ベッドの上。手を払われた男は、今の言葉に驚いたような顔をして、口はぽかんと開いているのに、本当に黙り込んでしまった。
「―本気で退治に行くなら、あのアリオスとかいう男に助けでも求めるんだな。どうも最初からおれたちに、その海神とかいうのをどうにかさせるつもりで、助けたふしがある」
「      」
 了解したように、綱吉が口を閉じてうつむいた。
「―おれだけ先に戻っても、てめえの守護者にうるさく聞かれるだけだからな。退治すんのを、待っててやる」
「     」
 うつむいた顔があがり、微笑んでなにかを口にした。
『ありがとう』
 きっとそう言っただろう男をにらみ、部屋をでた。
 無性に、腹が立っていた。






 距離を置き過ごし、二日経っていた。
 ザンザスはほとんどをアリオスにあてがわれた部屋ですごし、いつでも食卓に出てくる酒を、そこへ持ち込んだ。
 一方の綱吉は、肩の具合もどんどんと良くなり、城の中を歩きまわり、アリオスや他の兵士から、海神に関する情報を集めていった。

「いいように、遣われてるだけだ」
 声も出ないのに、いつも誰かを相手にしている様子を、グラス片手の男に指摘される。
「         」
「だいたいてめえ、相手がどんなもんかちゃんとわかってんのか?」
「      ・・・・」
 ちらりとうかがうその眼は、絶対にわかっていないことを表す。
「教えておいてやるが、人間のかたちじゃねえ」
「 !?  !」
 やっぱり、知らないらしい男へ、ため息をついてやった。
「―この城の北側にある、埃くせえ書庫に行ってみろ。ここの連中はかなり長い年月、それに悩まされてきたって本がある」
「       ?」
「ああ、おれたちに読ませたいんだろ。ちゃんと、こっちの文字だったぜ」
「   」
 なぜか安心したように微笑む相手に、またいらついた。
「てめえ、利用されてるのが―」
 いきなり、男にしては小さな手の平を、むけられた。
「             」
 ただ、微笑んでいるだけだが、わかっている、ということのようだ。
「・・・・・てめえの、そういうところが、理解できねえ」
 こうやって、すべてわかっていて、みずから利用されようとしている男に、とにかく腹が立つ。
 ひさしぶりに二人で向き合ったテーブルを、機嫌をそこねた男が先に立つ。
作品名:落ちつくには まだ 作家名:シチ