落ちつくには まだ
足元にはのん気な顔の綱吉が、先ほど現れたときのように、はだけた寝巻きで横になっている。
「 ん― 」
一瞬眉がより、うめき声をもらした。
むこうの水上に立つ男が、微笑んだのがわかる。
思わず睨んだ、その男が、「お気をつけて」ともらしたのが、聞こえた。
間抜けな男が説明したことによると、あの夜、寝付けずに寝返りをうったら、そこに見知らぬ男がいて、口をふさがれて話を聞いて欲しいとお願いされた。
悪い人に見えなかったから、うなずいたら、そのまま抱えあげられて、気付いたら海の中だった。
「で、アリオスとのことを聞かされてさ・・なんか、かわいそうで・・ふたりとも」
「ふたり?」
数日後、先日の事後報告書を作成するように九代目から言いつけられた二人は、海上の小船から救助された日以来の再会を果たしていた。
丸々一週間、墜落したはずの輸送機ともども姿を消した二人を探し、こちらでは、大騒ぎになっており、一週間目の捜索中、いきなり発生した霧の中から、のん気にどこからともなく現れた二人には、小言と説教の嵐が待っていた。
まあ、本人たちも信じがたい理由に、周りも脱力するしかなかったが、その後も海中から飛行機はみつからず、調べてもわからない種類の木から作られた小船だけが、真実を主張していた。
別々にすぐひきはなされて説教されたザンザスと綱吉は、お互い、なんとなく、わだかまりを持ったままだったが、指定された黒い部隊のボス様の仕事部屋、お互いの顔をさぐるように見合い、仕事なのでしかたないと諦めをつけるのは早かった。
さあ、では、紙に書き起こそう!という段になり、どうしても、お互いにあったことをここに来て初めて語り合うこととなったわけだ。
「―そう。二人ともだよ。カシラになりたかったのに、その器じゃなくて、アリウスがうらやましくてしかたないアリオスと、理解できない弟に海を渡すようせまられる、強いアリウス。お互い、どうしたらいいのか、わからなかったんだと思う。なんとなく、わかるというか・・・」
「はあ?てめえが?まさか、自分に置き換えてとか、ふざけたことぬかすんじゃねえだろうな」
「いやいや、そりゃないよ。置き換えよう、ないし」
立ち上がり、ザンザスのグラスに手をのばす。
「ちょっとちょうだい」
「ざけんな。てめえでつくれ」
「ケチ」
言いながら、口をつける。
「―あのさ・・ありがと」
「ああ?」
「アリウスが立てた計画って、おれよくわかんなくて、知らない間に寝ちゃってたんだけど、結局、あの二人のことも、おれたちが元に戻るのも、・・おまえがどうにかしてくれたわけだし・・・ごめんな?」
利用されるのを了承していたのは綱吉だったのに、結局、この男も利用される側に巻き込んでしまった。
その自尊心からはかるに、きっと耐え切れないものだったろう。
気まずそうに、大きな眼がみつめる。
「・・おまえ、あれとやったのか?」
「・・は?なにを?」
「どうやって、声、もどした?」
「そ、――」
眼がそれて、顔を染めるのが気に入らない。
「言え」
「や、やだ!」
「ここで言わねえと、書類にそこまで書き起こす」
「ぎゃあああ!だめ!やめて!」
「じゃあ、言うんだな」
勝ち誇った顔をみせる男に、先ほどだした礼と謝罪を返してほしかった。
「早くしろ」
「う、・・べ・・っどで・・」
「はあ?」
真っ赤に口ごもる顔を、どうにかあげる。あいかわらず、冷たい紅い目がにらむ。
「だ、だから、ベッドに、横になるよう言われたから・・その、・・」
「―やったのか?」
「だ、だって!おれからキスしないと、声、もどんないっていうから!」
「・・・あ?」
「アリオスさんが、かぶさってきたから、そんで、おれから・・・、その、」
「首にかじりついて、してやったのか?」
はん、と馬鹿にした笑いに、綱吉がさらに顔を染めた。
「かじりって・・そんな、あの人、優しいから、鼻先まで、近づけてくれて・・、ずっと、」
無意識なのか、細い指がおのれの唇に触れている。
「―キスもしたことねえのか?」
「ちがうよ!でも・・・べろ絡めるのは、初めて・・した」
うつむいて頬を染める様は、―
ごつり
「ってえ!!」
気色悪りい。と、言うつもりだったのだ。
男が頬染めてるのなんざ、見せるんじゃねえ、と。
「―簡単に、騙されてるんじゃねえ。間抜け」
「・・え?だれが?」
再度の拳骨が、直撃したのはいうまでもない。
『 たとえば、落下する飛行機のはねの上 』
後年、ベッドの中で笑い話になるかもしれないそれは、すでにもう、始まっているのかもしれない。