GLASS MEMORY
どれだけ時が過ぎたとしても、思い出す光景がある。
例えば同じ季節がめぐってきたとき。
例えば、よく似た店先を通り過ぎたとき。
例えば、ふと見上げた空が覚えのある色に輝いていたとき。
例えば、肌をくすぐる生温い風の中に、ほんの少しの冷たさを感じたとき。
弾けて消えてしまった音と温度が、いつまでも残り続けている。
GLASS MEMORY
「げっ」
小さく聞こえた嫌そうな声。聞き慣れた響きに、視線だけを横に動かす。底を持ち上げたガラス瓶から流れこむ冷たい液体は、爽やかに弾けて喉を痺れさせながら通りすぎていった。カラカラと揺れるビー玉越しに、盛大にしかめた眉と、汗で湿った銀の髪。
瓶から手首に移ってぬくもった水滴が、腕を流れ落ちていくのをシャツの脇腹に擦りつけて拭い、体ごと向き直った相手は、自分の持つのと同じ形の瓶を目の前に翳しながら、じろりとこちらを睨みつけてきた。
いきなり何だというのか、彼の機嫌を損ねる理由がわからず傾げた首に、一度音高く舌を打って、刺すような視線を一度左に投げてから、獄寺は口を開く。
「……冷えてねぇ」
「お?」
ずい、と突きつけられた瓶は、確かに冷えたガラス特有の汗をかいておらず、ほんのわずかに曇ってこそ見えるものの、彼が期待したほどの冷たさを持っていないことは明らかだった。
「でもそれ、さっき冷蔵庫から出したばっかだろ?」
「おおかた、その冷蔵庫に入れたばっかだったんだろ。……あンの店……」
「あー、今日暑いしなぁ」
水色のガラス瓶、知り尽くした味だけれど、こんな暑い夏の日には無性に欲しくなる。
夏休みの真っ只中、登校日という邪魔者にクーラーも効いていない学校へと呼び出され、半日に渡って教室の中で蒸されていた学生の身としては、帰り道で雑貨屋の店先に冷えた飲み物の看板を見つけてふらふらと惹かれるのは至極当然のことだと主張したい。
例え中学生の買い食いが校則で禁止されていようと関係ない。どこかの恐怖の風紀委員長様がやってこようと、戦ってでもこの権利は守りぬいてみせようではないか。
茹だった頭でそんな言い訳を繰り出して、並盛中学校2年A組でひと際目立つ三人組、沢田綱吉と山本武と獄寺隼人は天頂から遠慮無く熱光線を振りまいてくれる太陽から身を隠しながら水分補給を求めていた。
夏と言えばコレだ! とばかりに手に取ったラムネの瓶、細長く古めかしい冷蔵庫の中から取り出したそれは、どうやら冷えていたのは最初に取り出された一本だけであったらしい。つまり、二人めからは、冷蔵庫に入れたばかりのような生温いものを取る羽目になるということだ。
ちらりと、山本は自分の手の中の瓶を見る。良く冷えて滴る水が指を濡らして涼やかに太陽の光を反射する、獄寺が期待していたはずの飲み物。
一息に半分以上を空けられた瓶の中で、からん、と鳴るビー玉が沈黙を埋めた。
「えーと……ワリ?」
「てめーだけ……いや、オレはいいとしても、十代目のぶんまで……」
「いや、だってまさか、一本だけとは思わないっつーか」
「十代目を差し置いて最初に取る時点でありえねーんだよ!」
「つったってなぁ。もう飲んじまったし……これだけでもツナに譲るか?」
オレは別にいいけど。そう呟くと、眉間に寄った皺が危険な深さになる。
きっと彼の銀色の頭の中では、敬愛する十代目にまさか飲みかけ、しかもこの野球バカの飲みかけを献上するなんてとんでもない、だが彼がぬるい飲み物しか手に入れられないなんてとんでもない、きっと目的のものがないと気づいた彼はとても落胆して、それでも自分たちには気にするなとあの大空のような笑顔を向けてくださるだろう、それにしたってこの暑い中で水分を消費しているのだから補給しなければ熱中症で倒れてしまわないとも限らないわけだしここは節を曲げてでもこの野球バカに献上させるべきか、いやでもそれでもそれは気に入らないどうするべきかそもそもこいつが最初から十代目を優先していればよかった話でやっぱり諸悪の根源はこのバカだ。……などということがつらつらと展開されていることだろう。
聞かなくてもわかる。獄寺の思考回路は、たいがいがこんなものだ。
だが、それでも彼の口から「譲れ」の一言が出ないことに、山本は唇の片端を吊り上げた。
手にした瓶に見せつけるように唇をつけ、ひとくち、飲み下す。ゆっくりと上下する喉仏を忌々しそうに見ていた獄寺は、ふいと視線を逸らした。
例えば同じ季節がめぐってきたとき。
例えば、よく似た店先を通り過ぎたとき。
例えば、ふと見上げた空が覚えのある色に輝いていたとき。
例えば、肌をくすぐる生温い風の中に、ほんの少しの冷たさを感じたとき。
弾けて消えてしまった音と温度が、いつまでも残り続けている。
GLASS MEMORY
「げっ」
小さく聞こえた嫌そうな声。聞き慣れた響きに、視線だけを横に動かす。底を持ち上げたガラス瓶から流れこむ冷たい液体は、爽やかに弾けて喉を痺れさせながら通りすぎていった。カラカラと揺れるビー玉越しに、盛大にしかめた眉と、汗で湿った銀の髪。
瓶から手首に移ってぬくもった水滴が、腕を流れ落ちていくのをシャツの脇腹に擦りつけて拭い、体ごと向き直った相手は、自分の持つのと同じ形の瓶を目の前に翳しながら、じろりとこちらを睨みつけてきた。
いきなり何だというのか、彼の機嫌を損ねる理由がわからず傾げた首に、一度音高く舌を打って、刺すような視線を一度左に投げてから、獄寺は口を開く。
「……冷えてねぇ」
「お?」
ずい、と突きつけられた瓶は、確かに冷えたガラス特有の汗をかいておらず、ほんのわずかに曇ってこそ見えるものの、彼が期待したほどの冷たさを持っていないことは明らかだった。
「でもそれ、さっき冷蔵庫から出したばっかだろ?」
「おおかた、その冷蔵庫に入れたばっかだったんだろ。……あンの店……」
「あー、今日暑いしなぁ」
水色のガラス瓶、知り尽くした味だけれど、こんな暑い夏の日には無性に欲しくなる。
夏休みの真っ只中、登校日という邪魔者にクーラーも効いていない学校へと呼び出され、半日に渡って教室の中で蒸されていた学生の身としては、帰り道で雑貨屋の店先に冷えた飲み物の看板を見つけてふらふらと惹かれるのは至極当然のことだと主張したい。
例え中学生の買い食いが校則で禁止されていようと関係ない。どこかの恐怖の風紀委員長様がやってこようと、戦ってでもこの権利は守りぬいてみせようではないか。
茹だった頭でそんな言い訳を繰り出して、並盛中学校2年A組でひと際目立つ三人組、沢田綱吉と山本武と獄寺隼人は天頂から遠慮無く熱光線を振りまいてくれる太陽から身を隠しながら水分補給を求めていた。
夏と言えばコレだ! とばかりに手に取ったラムネの瓶、細長く古めかしい冷蔵庫の中から取り出したそれは、どうやら冷えていたのは最初に取り出された一本だけであったらしい。つまり、二人めからは、冷蔵庫に入れたばかりのような生温いものを取る羽目になるということだ。
ちらりと、山本は自分の手の中の瓶を見る。良く冷えて滴る水が指を濡らして涼やかに太陽の光を反射する、獄寺が期待していたはずの飲み物。
一息に半分以上を空けられた瓶の中で、からん、と鳴るビー玉が沈黙を埋めた。
「えーと……ワリ?」
「てめーだけ……いや、オレはいいとしても、十代目のぶんまで……」
「いや、だってまさか、一本だけとは思わないっつーか」
「十代目を差し置いて最初に取る時点でありえねーんだよ!」
「つったってなぁ。もう飲んじまったし……これだけでもツナに譲るか?」
オレは別にいいけど。そう呟くと、眉間に寄った皺が危険な深さになる。
きっと彼の銀色の頭の中では、敬愛する十代目にまさか飲みかけ、しかもこの野球バカの飲みかけを献上するなんてとんでもない、だが彼がぬるい飲み物しか手に入れられないなんてとんでもない、きっと目的のものがないと気づいた彼はとても落胆して、それでも自分たちには気にするなとあの大空のような笑顔を向けてくださるだろう、それにしたってこの暑い中で水分を消費しているのだから補給しなければ熱中症で倒れてしまわないとも限らないわけだしここは節を曲げてでもこの野球バカに献上させるべきか、いやでもそれでもそれは気に入らないどうするべきかそもそもこいつが最初から十代目を優先していればよかった話でやっぱり諸悪の根源はこのバカだ。……などということがつらつらと展開されていることだろう。
聞かなくてもわかる。獄寺の思考回路は、たいがいがこんなものだ。
だが、それでも彼の口から「譲れ」の一言が出ないことに、山本は唇の片端を吊り上げた。
手にした瓶に見せつけるように唇をつけ、ひとくち、飲み下す。ゆっくりと上下する喉仏を忌々しそうに見ていた獄寺は、ふいと視線を逸らした。
作品名:GLASS MEMORY 作家名:物体もじ。